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『ナザレのイエス』と私
印象に残った人物

古川第一郎
日本キリスト改革派 南越谷コイノニア教会牧師









 もう一度『ナザレのイエス』について書くことにします。今回は、前の3回で書き切れなかった、印象に残った人物をご紹介したいと思います。
1.バラバ
 よく知られた人です。日本では「ミッション・バラバ」などといって、「極道」の代名詞にまでなっています。この映画では、熱心党の指導者です。

 イエスの裁判の時、群衆が「バラバを許せ」「バラバ」「バラバ」と叫びます。しかしこの映画の中では、そのずっと前に、「バラバ、バラバ」と必死に彼の名前を呼ぶ人がいました。イエスご自身でした。バラバは自分の期待に応えてくれないイエスに腹をたて立ち去ろうとします。その後ろからイエスが、「バラバ!私に従って来なさい」と言います。バラバは怒りを込めて「断わる!」と言って、背を向けますがもう一度イエスは、「バラバ!」と呼びます。バラバを愛していたことがわかります。去っていくバラバの後ろ姿を、イエスは悲しい目で見ています。バラバもそれに気づいて、一度振り返るのです。怒りに満ちたバラバの目と、澄んだイエスの目が対照的です。

 このバラバと再会するのが、あのピラトの裁判でした。判決は、バラバの釈放、イエスの処刑です。結局、イエスにバラバは従わず、剣の道を選びました。そして犯罪人として死刑を宣告されました。その罪をイエスが背負ったのです。イエスをモデルにした作品をいろんな文学者が書きましたが、ドストエフスキーは『白痴』、遠藤周作は『おばかさん』というのが、よくわかります。しかし、この愚かなほどの愛の人によってしか救われなかった人が、なんと多くいることでしょうか。
2.イスカリオテのユダ
 ユダはバラバとは違って、イエスが議会でご自分の教えを弁明して、人々の理解を得て、イスラエルの王になることを望んでいました。それで、何度もそれとなく議員に説教を聞かせたり、引き合わせたりするのです。でも、そういうチャンスをイエスは生かそうとしません。ユダが最後に考えたことは、無理やり議会に引き出すことでした。それは、イエスを売り渡すという形で行なわれることになります。

 最後の晩餐の時、イエスが「しようとしていることを、すぐにしなさい」と言われると、ユダはうれしそうな顔をして出て行きます。「先生がその気になってくれた」と思ったのでしょう。でも、結果はまったくちがっていました。

 自分が一番いいと思うことを祈る。当然のことです。しかし、イエスご自身のご計画を理解しようとしなかったことが、ユダの誤りでした。私も、このユダの中に、自分を見てしまいました。バラバとユダは、今の日本にも似ているような気もします。  

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