自然エネルギーが地球を救う 第9回 デンマークの選択

足利工業大学理事長 牛山 泉

北欧の人口五百七十万人の小国デンマークは、「理想の社会福祉国家」、「自然エネルギー先進国」と呼ばれ、「荒野と砂漠は楽しみ、荒地は喜び……盛んに花を咲かせ……」(イザヤ書三五章一|二節)というみことばのモデル国であるが、あまり知られていない。日本で知られているデンマーク人は、童話作家のアンデルセン、実存哲学のキルケゴール、そして物理学者のボーアなどであろうか。しかし、内村鑑三も紹介している「デンマークを育てた最良の息子」と称されるダルガスと、この国の礎となった「国民高等学校」(フォルケ・ホイ・スコーレ)を設立した、牧師、詩人、教育者、社会啓発家、政治家というマルチ・タレントのグルントヴィも忘れることはできない。
ユトランド半島南部のアスコー国民高等学校には、十九世紀末にグルントヴィの思想に共鳴したコペンハーゲン大学の教授ポール・ラクールが移り住み、物理と数学を教えるとともに、風力発電の体系的研究開発と普及活動を行い、「風力発電の父」と呼ばれている。
さらに、このユニークな国を理解するには、やはり宗教が重要である。「デンマーク憲法」では福音ルーテル派を国教と定めている。国民の八五パーセントがこれに属し、政府には教会省があり、信徒は教会を維持するために「教会税」として課税対象額の一パーセントを国と地方自治体とに分割納税している。国民の心の拠り所でもある「国民教会」は約三千四百か所もあり、日曜日とキリスト教の祭日には礼拝が行われる。この国民教会で歌われる讃美歌の約半分は先述のグルントヴィの作詞である。これに加えて、十七世紀に信仰の自由のゆえにフランスを追われたユグノー(カルヴァン派)の勤勉と熱誠が、亡命先のオランダ、デンマーク、ドイツ、イギリスで産業を興したが、この国でもダルガスやラクールがその血につながっている。

デンマークのエネルギー事情を考えるとき、一九八五年に放射性廃棄物の課題が主因で原発導入を否決したのが大きなポイントであるが、最近では二〇一二年に政府与党と野党との間で合意されたエネルギー協定「緑の転換」が注目される。これは二〇五〇年までにエネルギー供給のすべてを再生可能エネルギーに転換するというもので、通過点の二〇二〇年までに電力消費の五〇パーセントを風力発電でまかなうこととしている。このため二〇二〇年までに六〇〇メガワットと四〇〇メガワットの洋上風力発電群を設置し、沿岸部にも五〇〇メガワットの洋上風力発電群を設置する。さらに陸上の旧式の中小規模風車を大型風車に取り換えることにより五〇〇メガワットの追加を考えている。二〇一五年には風力発電の累積導入量は五〇〇〇メガワットに達し、電力消費に占める風力発電の割合はすでに四二パーセントに達している。経済面でも風力発電産業全体の売り上げはGDPの四・三パーセントに相当し、風力発電産業での雇用は二万九千人となっている。

また、デンマークでは歴史的に地域のエネルギー資源は地域のものという考え方が強く、風力発電装置も地域住民の個人所有や共同所有の比率が高いが、地域住民の積極的な参加により、景観や騒音の問題で住民の反対運動が少ないことも特徴である。さらに特筆されるのは、再生可能エネルギー促進法により、風車群から四・五キロメートル以内の住民に対し、風車所有権のの最低二〇パーセントを風力株として購入する機会を提供すること、沿岸近くの洋上の風車群の十六キロメートル以内の住民には、やはり風車株の購入機会の提供が義務づけられていることである。

こうして見てくると、デンマークの「緑の転換」は順調でバラ色に見えるが、もちろん課題もある。この国でも再生可能エネルギーの普及には固定価格買い取り制度が有効であったが、今後の洋上風力や沿岸風力の売電価格は、電力の市場価格に賦課金を上乗せして決められることから、風力発電量が増加して市場電力価格が低下すると賦課金の割合が上昇し、国民負担が増大する。この負担増を回避するため固定価格を下げても洋上風力発電の採算が合うように、建設コストや運用コストを低減する必要があり、絶えざる技術革新が必要となる。また、市場電力価格の低下を回避するためには電力利用の高度化が必要であり、スマートグリッド(次世代送電網)の積極的な導入や電気自動車の普及拡大、迅速でより高精度な風力発電の出力予測の活用も必要となる。このように、まったく資源のない国が、賢い選択により高福祉、化石燃料フリー、本物の教育などのモデルとなっていることに倣いたいものである。