NEWS VIEWS FACES レーナ・マリアコンサート 
11年で全国開催制覇の裏話

礒川道夫
ライフ・ミュージック チーフプロデューサー

 2003年12月の富山コンサートをもって「レーナ・マリアコンサート」は全国制覇を達成した。そして彼女にとってのヨベルの年を迎えた。

 マネージャーも3代目になり、音響・舞台スタッフも何度か変わり、彼女の日本での活動を初めから知っている人もほんのわずかになってしまった。今から12年前、彼女のことを一番初めに教えてくれたのは、あの本田路津子さんである。「昨日のニュースステーションに出ていたレーナ・マリアさんは、きっとクリスチャンよ」。このお電話から彼女との11年間のお付き合いが始まる。

 レーナは生まれつき、両腕がなく、左足は右足の半分しかなかった。いくらクリスチャン家庭であっても、また福祉の進んだスウェーデンであっても、将来への不安、疑問をご両親は持ったに違いない。しかし神は、将来日本に行って全国を回って多くの人に福音を語り、励ます役割を決めておられた。それを理解するには20年という月日が必要だったのだから、現状に失望する必要のないことを彼女の存在が教えてくれる。

 この11年間で、特に印象に残ることと言えば、[1]最初のルーテル三鷹教会のチャペルコンサート、[2]初代マネージャーのイドランド先生が召されたこと、[3]長野パラリンピックに関係して善光寺の本堂で賛美したこと、[4]三浦綾子さん宅訪問の4つを挙げたい。

 ルータル三鷹教会で初めて生で聞いた「いちわのすずめに」。日本語の賛美に会衆は感動し、翌日の朝日新聞「天声人語」でも取り上げられたほどだった。癌に犯されながらも、日本人を愛して宣教を続け、レーナの支えになっていたイドランド師が急死したのは、1995年の5月。あまりにも失望、落胆するレーナは翌日の学園コンサートをキャンセルせざるを得なかった。長野のパラリンピックに合わせて、千四百年の歴史を持つ「善光寺」で、フランシスコ・ザビエル以来、誰もやったことのない、ゴスペルを本堂で歌うという快挙。そして三浦ご夫妻との愛の交わり。

 多くの思い出を与えてくれた「レーナ・マリア」が再び日本に帰って来てくれる日を期待したい。