時代を見る目 227 改憲論と日本の行く末 [2]

鈴木伶子
平和を実現するキリスト者ネット事務局代表

憲法9条改憲論を支持する人の多くが「北朝鮮の脅威」を理由に挙げます。現在の憲法9条2項、「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない」を変更し、「内閣総理大臣を最高指揮官とする国防軍を保持する」(自民党案)としなければ、国を守れないというのです。たしかに、北朝鮮はミサイル発射の構えを見せるなど、不穏な動きをする国です。しかし、そのような北朝鮮に対して軍事力を備える前に、キリスト者として考えなければならないことがあると思います。

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イエス・キリストの「汝の敵を愛せ」ということばを、ドイツの物理学者、哲学者カール・フリードリヒ・フォン・ヴァイツゼッカー(1912―2007)は次のように説明しました。
「敵を愛すとは、敵を理解するように努めること、それは、彼の状況に身を置き、彼の立場から世界を見、彼の関心や希望、彼の不安や傷ついた心を知るように努力することである」
ヴァイツゼッカーに従い、北朝鮮の立場に身を置いて想像してみましょう。超大国で強大な軍事力を持つ米国は、イラン・イラク・北朝鮮を「悪の枢軸」と名指ししました。イラクは、大量破壊兵器を保持していると言いがかりをつけられ、米軍の猛攻撃を受け、イラク大統領のフセインは殺されました。北朝鮮が、次は自分の番だと怯えても不思議ではありません。さらに、隣国日本は「北朝鮮の脅威」を掲げて、最新の軍備を持っています。北朝鮮はそう思って、闇雲に強硬姿勢をとっているのかもしれません。でも、北朝鮮が本当に願っているのは、安全が保障されることではないでしょうか。
そう考えると、今、日本がなすべきことは、戦争放棄・戦力放棄を掲げる憲法を持つ国として、北朝鮮首脳部の心を開かせ、東北アジアを安全な地域にするよう、外交努力をすることではないでしょうか。
現在、国連人権理事会では、「平和への権利」を確立する作業が進んでいます。その過程で注目されているのが、日本国憲法の前文にある「われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する」という一節であり、戦争放棄と戦力放棄の第9条なのです。
米国との同盟強化や軍備増強を目指す前に、「汝の敵を愛せ」と教えられたイエス・キリストのことばに立ち返りたいと思います。