時代を見る目 151 父のアイデンティティ(1) 折れたチューリップ

笹岡 靖
ARKホームエデュケーション・サポート協会代表

 あなたがたの宝のあるところに、あなたがたの心もあるからです(ルカ一二・三四)。父たちよ、家庭で過ごす時間を増やそう。子どもの心に届くチャンスは、いつ訪れるのかわからないからだ。

 私は、自分の子どもたちを教育する必要から家庭で仕事をするようになった。父親のアイデンティティは、何よりもまず父親が家族と共に時間を過ごそうと決意することからスタートするように思う。

 今から一年ほど前であるが、当時十歳になる娘と一緒にチューリップを鉢に植えた。冬の季節が過ぎ、球根から伸びてきた茎の先には、春を待ちこがれていたつぼみができた。つぼみはやがて大きくなり、まもなく花が開きそうになるまで成長した。娘もいつ花が開くかと心待ちにして水をやっていた。

 そんなある日の朝、自室にいた私のところに身を硬直させた娘が入ってきた。その様子に驚いて、「どうしたの?」とたずねる私。娘が後ろにまわした手の中に持っていたのは、ぽっきりと折れたチューリップの花だった。春の嵐でベランダのタオル掛けが、運悪く咲きかけていたチューリップのつぼみの上に倒れてきたのだった。

 「どうしたものか」と一瞬とまどったものの、花瓶に差せば花が咲くかも知れないと思い、とっさに「大丈夫だよ、これは花瓶に差してお部屋で見るように神様がしてくださったのかもしれないよ」と言った。そして、小さな容器を見つけてきて、娘の机に置いた。つぼみは幸いにも枯れることなく、机の上で花びらをいっぱいにひろげて、いのちを全うしたのである。

 ぽっきりと折れてしまったチューリップのつぼみ。私は、娘がこれを私のところに持ってきたことを誇りに思っている。そして、大事にしていたものが突然に失われてしまうかもしれないという小さな危機の体験を共有し、一緒に乗り越えることができたことを感謝している。こういう小さな体験が、子どもたちの心の深いところで、人生に対する肯定感、安心感、神への信頼として形作られるきっかけとなれば、最高の遺産を次の世代に残すことができるのだと思う。(先日、娘自身の記憶を聞いてみると、「あのときはうれしかったけど、そんなにすっごい思い出というわけではない」とのこと。こちらの思い入れどおりにはいかないのもまた人生!)

父たちよ。家庭で一時間でも長く時間を過ごそう。あなたが必要とされるタイミングはいつ来るかわからないからだ。