新約聖書よもやま裏話 第7回 取税人や罪人の仲間!? イエスと罪の赦し

伊藤明生
東京基督教大学教授

伊藤明生 生前のイエスの言動をあげつらう者たちは、「食いしんぼうの大酒飲み、取税人や罪人の仲間」(マタイ一一・一九)とイエスのことを称した。悪意ある非難である以上、額面どおりに受け取る必要はない。しかし、イエスの典型的な言動を反映した表現であることは間違いないであろう。

 イエスの弟子となった際に、取税人レビ(別名マタイ)は嬉しさのあまり感激し、友人たちを招いて宴会を始めた。もちろん主客はイエス様! そしてイエスや弟子たちとともに取税人と罪人が大ぜい一緒に食卓についていた。取税人の友となれば取税人、罪人と相場が決まっていたからだ。

 パリサイ人たちは、そんなイエスの様子を目ざとく見とがめて、難癖をつけた。イエスの弟子たちに尋ねていわく、「どうして、あなたたちの先生は平気で取税人や罪人たちといっしょに食事をするのですか。」宴会の席に集うというイエスの行動にこめられた宗教的な意義をパリサイ人たちは的確に見抜いて、そのような質問をしたのである。

 その問いへのイエスの返答はあまりにも有名である。「医者を必要とするのは丈夫な者ではなく、病人です。……わたしは正しい人を招くためではなく、罪人を招くために来たのです」(マタイ九・一二、一三)

取税人と罪人

 イエスが地上を歩まれた一世紀のパレスチナは、現代の日本では考えられないほど日常生活の中で宗教(ユダヤ人にとってはユダヤ教)が重要な位置を占めていた。宗教は、単なる人の心の問題とは片づけられず、経済、政治など社会全般にわたる広い領域までも大きく左右していた。

 宴会ひとつをとっても、単なるどんちゃん騒ぎではなく、来たるべき御国を象徴していたのである。つまり、イエスが取税人や罪人たちと一緒に食卓について食事をなさったことは、取税人や罪人たちこそが御国に招かれていることを意味していたのである。

 取税人とは、今ならば税務署勤務の公務員のことである。当時のパレスチナは、ガリラヤをヘロデ一族のひとり、ヘロデ大王の息子ヘロデ・アンティパスが統治し、ユダヤはローマの直轄統治下でローマの総督が支配していた。そのような複雑な政治状況を反映して税金問題は、ユダヤ人の間でとりわけ微妙な問題であった。

 税金は基本的に為政者たちを潤すもので、現代のように納税者に還元されるべきものではなかった。しかもユダヤ人たちは、異邦人で異教徒、あるいは宗教的に怪しい為政者たちに納税しなければならなかったのである。

 また取税人の仕事とは同じユダヤ人たちから金を集めて納税することで、場合によっては貧しい農民たちから高額な税金を脅して巻き上げることもあったのである。というわけで取税人は宗教的、民族的にだけではなく倫理的にも問題とされていた。

 「罪人」とは、取税人以外に「問題」がある人々全般を表現する一言であった。遊女のほか旧約聖書律法に抵触する職業、社会階層の人々をすべて含められていた。

喜びの宴会

 イエスと弟子たちは、あえて取税人や罪人とともに食事をして、食卓の交わりを楽しんだ。それを宗教上の些細な事柄にうるさいパリサイ人たちが見逃すわけがなかった。宗教的な教師として最近人気を博して弟子を引き連れているイエスが、どうしてよりによって取税人や罪人たちという輩と一緒に食事をするのか、と詰問せざるをえなかった。

 イエスも当然のことのように、パリサイ人たちの疑問に宗教的課題として応えている。医者を必要だと感じるのは、健康だと自認している人たちではない、自らが病にかかっていると自覚している人たちである。それと同じように、わたしイエスが来たのは、自分は正しいと自負している人たちを招くためではなく、自らの罪を、罪深さを知り尽くしている人たちを招くためだ、と。

 宗教的関心が日常生活でも重要な位置を占めていた当時、宴を催すことは、来るべき御国を暗示していることは常識であった。そして、宗教的に「正しい」パリサイ人や律法学者ではなく、世間では後ろ指を指されていた取税人や罪人たちこそが御国に招かれていることをイエスの言動は物語っていたのである。

 自ら正しさを誇示する者たちに御国の門戸が開かれているのではなく、自らの罪深さを知り尽くしていて、赦されることを心底喜べる人々こそが御国に入れる、と大胆にもイエスは当時の宗教指導者たちに挑戦状を突きつけている。

 自らの罪深さを知り尽くして、イエスの御前に悔い改める。自らのどうしようもない罪が赦された者たちが、赦されたことのすばらしさを知り、喜びにあふれていたからこそイエスのまわりで宴会が繰り広げられたのである!