往復メール kei Vol.5 クリスマスに歌う

那須 敬
国際基督教大学 社会科学科助教授(西洋史) JECA 西堀キリスト福音教会会員

 また子ども時代の話になるけれど、小さいころは「もういくつ寝るとクリスマス」、こればかり考えていた少年だったよ。毎年12月24日の夜に教会で行うキャンドル・サービスは、教会っ子にとっては年最大のイベントだった。

 ところが、イギリス留学中に通っていた教会(10月号参照)は、クリスマスを祝わなかったんだ。牧師はクリスマスという言葉さえ口にしなかった(しかも僕は彼にカードを送るという失敗をやらかした)! 牧師いわく、12月に聖誕を記念する根拠は聖書にないし、そもそもキリストの誕生を年に一度だけ大騒ぎして祝うようでは、クリスチャンとして不十分なのだ。いつも感謝せよ。(と言うことは「一年中がクリスマス」?これなら子ども時代の僕も賛成しただろう。)

 なかなか厳しい指摘だ。けれど音楽に目を向ければ、この問題を考える助けになるように思う。なぜなら、クリスマスは人を音楽的にさせるから。ふだん歌なんて歌わない人も、クリスマスに教会に来るとたくさん賛美歌を歌わせられるでしょう。ヨーロッパの教会音楽史を眺めれば、キリストの受難にかかわる楽曲がとても多いことがわかる。だけど、信徒に親しまれていた民謡などでは、クリスマスの歌は非常に多い。

 このようにクリスマスに満ちている歌声は、キリスト降誕の神秘に言葉を失う「沈黙」と組み合わせてはじめて意味を持つのだろうと僕は思う。わざと教会の中を暗くしてキャンドルを灯すのも同じこと。

 忙しくて、しかし実は同じことの繰り返しという単調な毎日を過ごしている僕らは、残念ながらキリストがいることの不思議さ、その偉大さを見失いがちになる。それを闇と光の、静寂とメロディーの極端なコントラストの中で際立たせ、回復する特別な時間として、クリスマスはあるんだと思う。これはつまり、shioyaの言うように、ゴスペル音楽の原点なんだよね。