家族の危機が祝福に変わる 預言者に与えられた苦しみの意味

平山正実
北千住旭クリニック院長 日本ナザレン教団北千住キリスト教会

一 預言者の家庭

 預言者の使命は、苦難の中にある人々に対して希望と救いと癒しを与えることにあります。

 しかし、癒しや救いにいたる道程において神の言葉の伝達を託されている預言者は民への叱責や告発を行うこともありました。神は、預言者を人々の指導者として、立てられたのです。

 旧約聖書における代表的な預言者として良く知られている、エレミヤとエゼキエルの家庭について考えてみたいと思います。

 エレミヤの場合はどうだったでしょうか。神はエレミヤに次のように言われました。「あなたは妻をめとるな。またこの所で、息子や娘を持つな」(エレミヤ16:2)と。また、預言者は喪の悲しみ(16:5)や祝宴の喜び(16:9)から遠ざかれと記されています。周囲の家庭において、子どもが病死するような事も起こってくる。そのような時にも、預言者は葬式に出て悲しみの感情を表してはならないと主は言われました。

 次に、エゼキエルの家庭について見てみましょう。主はこのように言われます。

 「人の子よ。見よ。わたしは一打ちで、あなたの愛する者を取り去る。嘆くな。泣くな。涙を流すな。声を立てずに悲しめ」(エゼキエル24:16,17)。この言葉どうり、エゼキエルの妻は、この後、すぐ死にました(24:18)。その時、エゼキエルは、神から彼の妻の死を公に悼むこと禁じられました。

 そのことを聞いて、人々はエゼキエルにこう尋ねます。「あなたがしていることは、私たちにとってどんな意味があるのか、説明してくれませんか」(24:19)。つまり、かれらは、神がなぜ、エゼキエルが自分の悲しみを表に現すなといわれたのか、どうして一緒になって悲しまないのかわけがわからない。説明して欲しいと言ったのです。

二 なぜ悲しみの声を出してはいけないのか

 ここで、われわれが注目したいのは、神はエゼキエルに、妻の死に際して、「声をたてずに悲しめ」(24:17)と命じておられることです。ふつう、われわれは悲しいときは、大声を出して泣きます。嬉しいときは笑います。それが人間の自然な姿です。しかし、神はエゼキエルに声を出さずに悲しめと言われました。つまり、このことは、感情を抑圧せよということです。

 このような神の命令は、当時の人々を躓かせたに違いありません。それだからこそ、かれらはその意味を問い正したのでしょう。

 精神医学によって、得られた知見によりますと、悲しみの感情を長い間抑えていると、うつ病や心身症になったり怒りが爆発して、さまざまな異常行動を引き起こすことがあるといいます。癒し、救う神が、なぜ、エレミヤやエゼキエルに、メンタルヘルスという点から見ると正反対のこと、つまり、病をもたらす危険性のある悲嘆感情を抑圧するよう指示したのでしょうか。

三 病いを荷う─傷ついた癒し手として─

 神は、預言者に、嘆きを隠し、たとえ人々の中で悲しいと思っていても、その悲しみを表面に出してはいけないと命じられました。そのため、エゼキエルは、妻の死んだ翌日から、平常通り務めを行っています。

 クリスチャンが、家庭やこの世で証しをたててゆくためには、ここで挙げた二人の預言者のように、家庭を持つことをゆるされなかったり、最愛の配偶者と死別し、孤独な中で生きることを覚悟する必要があります。孤独は人間を鍛え、自他やこの世から超越させ、神に集中するエネルギーを生み出します。また、悲しみを内に秘める訓練を重ねることによって、対人関係場面において、相手の感情に巻き込まれず、物事を冷静かつ客観的に判断することができるようになります。こうした資質があることは、指導者にとって大切です。

 しばしば立派な信仰の持ち主である聖職者や信徒、あるいはその家族が、心病んで相談に来られることがあります。なぜ、神と人のために献身的に奉仕してきたにもかかわらず、心を病んでしまうのか、不思議だ。その理由は、何かと問いたくなります。教会や職場や家庭の模範生は、喜怒哀楽を抑圧せざるを得ない場面が多々あります。そこが指導者の辛いところです。

 無理に自らの感情を抑圧すると心身を病む可能性が高くなります。このこと自体は、好ましいことではありません。しかし、別の視点から見ると、自ら病むことによって、他者の心の痛みを理解しやすくなり、心病む人への偏見がなくなり、やさしさや謙遜を身につけることができるようになるというプラスの面もあります。そして、このような人格的に成熟した指導者になることが、家庭や職場など、周囲にいる人への究極的な癒しとなるのです(イザヤ53:10-12)。

 家族のなかに与えられた苦しみは、このような人格の成熟をもたらすとともに、すぐには答えは見いだせないかもしれないが、神の壮大なご計画や目的があることも覚えていたいと思います。