家族が幸せになる幼稚園 狭山ひかり幼稚園を訪ねて (前半)

編集部

 子どもたちは裸足で遊び、どろんこにまみれ、ブランコをこれでもかと高くこぎ、木登りまでしている。そういえば、最近、木登りをしている子どもを見ることが少なくなった(上京して十年、一度も見た覚えがない)。木登りなんてして大丈夫なのか。幼稚園でけがなどしたら、保護者から大目玉をくらうのではないか。しかし、教員たちは好きなように遊ばせている。

 園に来ていたお母さんに、心配じゃないのか、と尋ねてみた。

 「それがいいのよ。ここでは~しなさいとか、~しなければならない、という命令形がないのよ。でも、木登りをしているのだって、ほっといているわけではない。ちゃんと先生たちも見ていてくれている。それに、いきなり高い木に登るわけではないのよ。子どもたちも分かっているの。はじめは、年少組の前にある小さい木に登れるようになってから、だんだん高い木に挑戦している。子どもたちも大丈夫だって知っているの」

 ここでは、クジャクを飼っている。興味津々で小屋に近づくと、一人の園児がくっついてきた。その子が、勝手に飼育小屋のカギを開ける。つつかれたりしないのかと恐れおののきながら、「え? 勝手に入ってもいいの」と思わず確認してしまった。「いいんだよ」と誘われ、そーっと足を踏み入れた。すると、その子は「あ、餌をあげなきゃ」と小屋から走って出ていき、どこからかクジャクの餌を持ってきて、クジャクのそばに置いた。「当番なの?」と聞くと、そうでもないらしい。

 その日は、三月のお誕生日会で、すべての園児がホールに集まってお祝いし、お弁当を広げた。

 「小学校に入ったらね、すごく楽しいんだよ。早く行きたいなー」「ううん。小学校は、大変だってお兄ちゃんが言ってたよ」

 小学校について語り合う二人がいたり、「ねえ、ねえ、これなーんだ」といいながら手や足を動かしてジェスチャークイズを始める子もいる。

 のんきにお話しし、なかなか箸がすすまない。今日は誕生日で、このあとケーキもあるし、早く食べた方がいいんじゃない? とつい口にしてしまった。

 「だってー、先生はゆっくり食べていいよって言うよ」と、決して急ごうとはしない。

 ずぶとい。狭山ひかり幼稚園の隠された目標である「踏んでも蹴っても死なない子」とは、このずぶとさかもしれない。

親が親として育つ

 「踏んでも蹴っても死なない子」にしたいと思ってはいても、ひかり幼稚園に子どもを預けることは、保護者にとって「楽」なことではない。

 「家の前まで通園バスを横付けする」「給食は最近週三回、多いに越したことはない」「長く預かってくれる」「いろいろあれこれ教えてくれる」「親は園に寄りつかなくてもいい」と幼稚園版「五種の神器」からはほど遠い。

 働くお母さんには、とうてい縁遠い幼稚園のように思える。東喜代雄園長が言うには、「ワースト幼稚園」だ。

 「母親が働かなければならない事情がある家庭があることはよく分かっています。やむを得ないこともあるでしょう。でも、時代遅れとか、子育てはつまらないとかいう理由で働く人もいます。そのしわ寄せを受けるのは子どもなのです」と、東園長は言い切る。働く女性には、ちょっと耳が痛い。

 ここは、保護者や教育者側の視点で子どもたちを管理・教育する場ではなく、子どもたちのための幼稚園なのだ。たとえ働いていたとしても、ここの父母会には、「できる人が、できるときに、できることを」という合意がある。できると言って威張る人もいないし、できないと言って卑屈になることもない。それが園の良き伝統となっている。

 子どもの人格を育てるために、共に過ごす時間が必要であり、愛情を込めてつくるお弁当が必要であり、お父さんが参加できる行事が四回もあり、誕生日会には、親が参加する。

 「子どもの周りにいる親がすばらしくなければ、子どもはすばらしくならない。その子どもたちを育てるお母さんが、安心して子どもに向かえるような場をつくることが私たちの役割です」。東園長はもちろん父親にも言う。

 子どもたちは幼稚園で、それは自由気ままに遊んでいる。子どもたちにとってひかり幼稚園は大好きな場所だろう。しかし、それにもまして園を愛しているのは、その保護者たちだ。お母さんたちの居場所がある。結婚すると家庭にこもりがちな母親が楽しく生きられるのだという。

 園の伝統のひとつに、保護者たちで形成された様々なクラブ活動がある。「リコーダーの会」やコーラスグループ、自然と親しむことを目的とした「ムーミン」、またメンバーが三十五人以上にもなる父親たちのソフトボールクラブもある。親たちが管理する園のホームページ(http://www.sayama-hikari.com/)も充実している。

 このようなクラブ活動の中で家族間の関わりも深まっていく。

 ある母親は、多くの幼稚園を転々としてひかり幼稚園にたどり着いたという。バス、電車、バスと乗り換え、川越から何時間もかけて通ってくるそのお母さんは、力説する。

 「ひかり幼稚園に来るまでは、親子だけの核家族で鬱積するような子育ての中で、取り残されているような気がしていた。『自分はだめだ』と思ったり。でも、ここで『あ、いいんだ。自分はこれで』というパワーをもらった。母親が元気になって、家族を助けられるようになりました」。

 また、別の母親は「先輩お母さんにいろいろ気遣ってもらって、それが嬉しかった。そうすると、自分が先輩になったときに、若いお母さんを思いやっていくという愛の連鎖反応が続いていく。『いいのよ。私もしてもらったから』と」。日常のなにげないやりとりの中で「それでいいのよ」「みんな同じ」という、ネットワークが子育て支援となっていくようだ。