天国へのずっこけ階段 第9回 境界線

松本望美
北朝鮮宣教会所属/韓国在住

 宣教会の事務所の私のデスク。ペン立てに立てているボールペンが、いつもなくなってしまう。「私のボールペンだれか使っていません?」というと「ああ、昨日借りた!」とか「○○さんが使っていた」などというが、戻ってきたことは一度もない。

 デスクの上においてあるビタミン剤もハンドクリームも気がつけば減り方がやけに早い……。さっき、買ってきたガムも半分なくなっているし……。

 ある方から頂いた私への日本のお土産。ランチを食べに行って帰ってきたら、デスクから消えている。「あれ? ここにあったクッキーの包み知らない?」というと「午後にお客様がいらっしゃったので、そのお客様に出しました」という。ううっ……、絶句。

 「あれー、ここに立てかけて置いた傘、知らない?」ときけば、「○○さんが銀行に行くとかで、さしていきました」といわれる。それっきり、戻ってこない……。「あれー? この中に入っていたCD、だれか持って行きましたかー?」というと、「ああ、だれだっけなあー、貸してくれって言って、持って行ったよ!」とあっけらかんと言われる。かなり気に入っていたCDだったのに……と涙を呑んだことも度々。

 私は日本人のせいか「これは私のもの。それは、あなたのもの」という、暗黙の了解という境界線がある。韓国では、これは通用しない。韓国文化は、つまり「ビビンバ」的なのだ。スプーンでぐるぐるかき混ぜて、みんな仲良くひとつでね! という感じかも。

 私もある程度の境界線をなくし、気がつけば隣りのデスクの会計の女の子の机の上にあるはさみやボールペンを使い、さらにハンドクリームを使ったり、ガムなんかをちゃっかりもらって食べたりしている。「使ってもいい? 食べてもいい?」などというのが水くさくなってきたのだ。みんな仲良しひとつでいこうの精神になってしまったのだ。

 それを日本にいる友人に話すと「それって、《望美宣教師の図々しさ》と《麗しい初代教会の姿》の紙一重の状態じゃないの?」と言われた。まあ、そうとも言える。

 しかし、こんな私になってしまったので、日本への一時帰国の前日は、結構、緊張する。

 「粗相のないようにしなくちゃ! 他の人が頼んだ料理に勝手に手を伸ばさないように。人の私物は許可を得てから使うこと。人とぶつかったら謝るべし」

 日本仕様と韓国仕様、自由自在にチャンネルを変えられるようになるには、まだまだ時間がかかりそうだ。