ブック・レビュー 牧師、夫、父親として、「放射能」と向き合った記録―

 『目に見えない放射能と向き合って』
近藤由美
元キリスト者学生会主事

「私は放射能の専門家ではありません」で始まるこのブックレット。3・11以降、私たちは耳慣れない専門用語が飛び交う情報に、理解不能と知りつつ、起きていることを知りたくて耳を傾けたのではなかったか。そして今、この世界中に、福島で起こっていることを詳細に把握している人が一人もいないという深刻な現実が厳然として存在しているにもかかわらず、当事者以外は傍観者になりつつあるのが現実ではないか。これを書いたのは福島でなく、原発から二百キロ離れた岩手県水沢に住む牧師。事の始まりは大震災から半年後、教会で放射線量測定器を購入して周辺を測定したところ、予想外の高い線量が検出され、またお子さんの尿検査でセシウムが検出されたことによる。
著者は、専門家さえ意見が分かれる「放射能」の領域の問題に、そこで生きていかなければならない牧師として、夫として、父親として向き合わざるをえなくなった。
「広島・長崎の人が経験したのと同じことがそのまま起こると考えたほうが自然」(五三頁)という被爆医師の言葉を重く受け止めて歩んだ人の記録であり提言である。
著者は、自身の意識の変遷の中で問われ、考え、行動し、人と交わり、学び、気づかされたことを、包み隠さず正直に丁寧に書いている。読み終える時、神に創造された人が、物事に自ら「向き合う」ことの尊さを教えられる。
読む者は、3・11を経験した日本人キリスト者が「主の前に」問われていることの本質に導かれていく。「あなたはこのことにどう向き合うか」と。
世が隠そうとしていること、すり替えていることに気づき、見るべきものを、目をそらさずに見るようにという警告を聞いて、人としての尊厳を失わないためにも、一読を勧めたい。

『目に見えない放射能と向き合って
―岩手県南・水沢で―』
若井和生 著
A5判 840 円
いのちのことば社