ブック・レビュー 心温まる食卓への招き


今村みどり
翻訳・フリーライター

八ヶ岳は、山梨県と長野県のちょうど県境に位置しています。東京から西へ特急に揺られて二時間ほど行くと、右手にその広大な裾野が姿を現します。松村家がある付近は標高約千百メートル。四季の移り変わりは鮮烈で、本書で食卓の風景とともに描かれている落ち葉や木の実、山野草はすべて、お宅のすぐ近くにあるものです。
ところで、聖書の中にはなぜか、いたるところに食事の場面が出てきます。創世記ではアブラハムが見知らぬ三人の旅人をもてなし、出エジプト記では、契約の民イスラエルの族長たちが、碧玉のような天を仰ぎながら神の前で食事をともにしています。詩篇二三篇には「私の敵の前で、あなたは私のために食事をととのえ……」という有名なフレーズもあります。
新約聖書もしかり。イエスは人々から嫌われているザアカイの家に泊まり、食事をともにされ、胸襟を開いて語り合われたことでしょう。「最後の晩餐」はあまりにも有名ですが、復活後、イエスがエマオの途上で弟子とともにされた夕べの食卓、そして、ガリラヤ湖畔で夜通し漁を続けた弟子のために自ら用意された朝食(!)では、炭火の上の焼き魚を囲んで、どんな会話が交わされたのでしょう。
食べることほど、私たちに身近な行為はありません。しかも親しい人とともに食卓を囲む喜びは格別です。
松村家のご主人の趣味は山麓のわき水を使った野菜作り、奥様は無類の料理好き。そして二人そろって、お客をもてなすことを楽しんでおられます。迎えるのは、親しい友人ばかりではありません。ご近所のひとり暮らしの高齢者、悩みを抱え、山の静けさを求めて訪ねて来られる信仰者、病気と闘っている人も……。お二人は客人の話に静かに耳を傾け、心温まる食事をもって彼らをねぎらっておられました(実は私もかつてそこに招かれたひとりでした)。
著者の信仰の歩み、そして山の幸、野の幸で彩られた食卓から、「食する」という日々の営みを通して、主の恵みと備えを覚える生き方を示されるあたたかなエッセイ集。色彩が美しく、贈り物にも最適な本です。

『八ヶ岳12か月の食卓』
松村登世 著
B6変判 1,100 円+税
いのちのことば社