ブック・レビュー 史料と研究に基づいて描かれた学習マンガ


菊池 実
東京基督教大学 准教授

原題は『聖書の歴史における諸帝国(複数)』である。その題のごとく、本書は旧約から新約時代にわたる時代史を諸帝国との関連で描き切った長編大作マンガといえる代物だ。本書の書評依頼があったとき、普段馴染みのないマンガの書評と聞いて戸惑ったが、いったん開いてみれば歴史教科書のような濃さであり、その驚きの意味でこれは「代物」である。

一、史料に忠実。本書は、劇画風に仕立てられた歴史マンガではない。巻末に編集者が掲載した参考文献は大学の中間時代史の講座でも紹介する書であるが、本書はそれらの史料と研究に基づいて描かれた学習マンガである。もちろん、歴史を扱う書として本書独自の解釈はある。また、絵や登場人物の表情や訳にも刺激的表現はある。しかし、もとより信頼できる下地があるので相当レベルの学びが確かに可能である。

二、わかりやすさ。この時代は列強がめまぐるしく変遷し、またヘレニズム独自の固有名詞が多く登場する。実際、文字だけで流れを追うのは大変難しい時代である。その中で、本書は構成を考え抜き、マンガの利点を最大限生かし切っている。歴史の流れだけではない。その中で生じた口伝律法、会堂、諸派の背景や違い、世界史と聖書との結びつき、メシヤへの期待、イエスの教えの独自性など、新約聖書理解の鍵が押さえられ、そして図解が見事である。読者はなるほどと気づき、そして整理がつく。読者層の想定は広いとのことだが、実は牧師や神学生が最も益を被るようにも思う。

三、キリストにつながる。著者の心は本書最後の言葉に表れている。「私たちを救い出されるイスラエルのメシアは必ず来られる。おお、主よ!来てください!」本書は歴史の書でありつつ、この混乱した時代の真ん中にキリストが来たと証しする長編トラクトのような書でさえある。そして、あの時代と現代とが重なり、読者とキリストがつながる不思議。祈りの中で生まれた代物と感じている。