ブック・レビュー かけがえのない光と慰めの書


川田 殖
哲学者

本書の訳者は、単なる英語の達人ではない。かつての評者の西洋古典学クラスの最も優れた学生のひとりでもあった。また、音楽にも秀で、グリークラブのリーダーでもあった。これらが象徴する心の豊かさと優しさは、訳者の本質的特性ともいうべく、多くの人に敬愛された。琴瑟相和した佐知子さんが、そのひとりであったことはいうまでもない。このご夫妻が最愛のご子息を亡くされた暗夜行路のなかで、その光となったのが本書である。
本書の四分の三は、東アルプスの山岳事故で最愛の息子を喪った父の愛と悲しみのラブレターである。他人が傍観的に読んで感興を引き起こすたぐいのものではない。しかし、愛する者を喪った悲しみをわがこととして受け取ることのできる人には、そのいちいちの記録は、かけがえのない宝となるだろう。著者と涙をともにしつつ、余人には知りがたい闇のうちに光を求めて泣く子となるだろう。その光―著者にとっては聖書の神―を見上げ、涙をぬぐわれるのが本書の残りの部分である。そこで奏でられる主旋律は、神が愛であること、その愛が苦しむ愛、悲しむ愛であること、神ご自身が最愛のひとり子を喪って悲しみつつ、苦しみ悲しむ人とともにいます方であることを、全身をもって受け取り、悟り、感謝することである。この探究と発見の酷の深さ豊かさはいかばかりか。訳者がここに光を見た理由も、さこそはと納得させられる。
最愛の子を喪った親の嘆きと悲しみは、人間のどんなことばによってもいやされるものではない。できることはただ一緒に泣くだけだ。涙とともに長いトンネルをくぐり、愛する者を喪う苦しみと愛が実はひとつのものであり、その最も深い結合体であるいのちの主が私たちとともにあることを知ること、ここに光がある。この深い真理と流麗な訳文に魅せられて、再読三読しているうちに自分自身の息子を喪った評者にとっても、本書は光の書となった。