ブック・レビュー 『ダビデのように』
主の御名によって立ち上がるとき

『ダビデのように』主の御名によって立ち上がるとき
長谷川 義朗
若葉台いずみ教会牧師

「ダビデ物語」をあなたの日常に

 マックス・ルケードの名前を日本に広めたのは、絵本『たいせつなきみ』。たとえ彼の名は知らなくても、絵本を読んだことがなくても、タイトルは知っているのではないでしょうか。その著者の最新刊です。有名で騒がれている作家の作品は「軽くてイヤ!」とルケード作品を敬遠していた硬派(?)なクリスチャンも、色眼鏡を外して先入観を持たずに読んでほしい。

 「今の日本に間に合う書物」というのが、読み終えて真っ先に浮かんだ感想です。北森嘉蔵先生は人生に悩み苦しんでいた若い頃を振り返って、「詩篇」だけが自分に間に合う書物だったと記しておられます(『詩篇講話』上巻、教文館)。ルケードの紹介するダビデの生涯も、今の日本に生きるクリスチャンに「間に合い」ます。だって、私たちの周りにも大勢の巨人がうろつき、つけねらうサウルであふれているから。

 ルケードが〈失業、うつ病、離婚、不安、悲しみ〉といった巨人を描くと、私たちの職場、寝室、教室は、たちまち〈エラの谷〉となります。人から疎外され、軽く見られ、忘れられていれば、そこは〈少年ダビデの牧草地〉。特定の誰かに苦しめられていれば、〈暗い洞穴〉に私たちはいます。

 そこからダビデはどのように立ち上がったのでしょう? ダビデ物語に「奇蹟」は出てきません。だけどルケードは、「ダビデがその奇蹟なのだ」と言います。そして、あなたの生涯も〈神の奇蹟〉となると断言し、『ダビデのように』生きよう、と励まします。そのために、ダビデの成功も失敗も隅々まで示し、彼のように生きる秘訣を、優しく丁寧に教える。きっとあなたの日常にも、ルケードの「ダビデ」は間に合うはずです。

 教会は、ダビデが〈パンと剣〉を得たように、その両方を与えるところ。また、〈ベソル川〉の愛を教会に、という指摘は、牧師でもあるルケードならでは。現代の日本の牧師たちもきっと同意するでしょう。

 最後に、著者と訳者の息がぴったりです。