ココロの出会い ~世界を旅して 第11回 vol.11 おばあさんの「謝謝」 ~中国~

森祐理
福音歌手

2008年5月、私はテレビのニュースに釘付けになりました。四川省の大地震です。建物が倒壊し、何万もの人々が亡くなっている状況に衝撃を覚え、祈らずにはいられませんでした。
「主よ、私に何ができるでしょうか」。祈り続ける中で、日本国際飢餓対策機構より連絡が入ったのです。「秋に救援物資を届けに四川省へ行きます。ユリさんも同行して現地で歌っていただけませんか」。祈りは聞かれました。その年の11月、私は初めて中国大陸の地を踏み、日本人チームとともに成都、都江堰等の被災地に向かいました。
現地は、想像以上に厳しい状況で、瓦礫が手付かずで置かれている所もありました。コンサートの準備さえも難しく、音声チェックも十分できないまま本番に。でも主にゆだねて仮設住宅の野外ステージで歌い出すと、被災者の方々が大拍手と笑顔で迎えてくださり、心を?ぐひとときに。笑顔、涙、歌声……すべてが一つとなってコンサートは豊かに祝されました。
別の被災地でも歌った後、一人の車いすのおばあさんが近づいてきてこう言われたのです。「私は、日本人が大嫌いだった。でもこの地震で家を失い苦しみの中、いちばん求めていた心の慰めを持ってきてくれたのは、日本人のあなた方だった。歌を聴きながら憎しみが消えて、日本人が好きになった。謝謝」。おばあさんと涙しながら手を取り合った感動は今も忘れられません。
明るい表情で去っていくおばあさんの姿を見ながら、阪神大震災で亡くなった弟のいのちがここにも生かされていることを感じ、主に感謝を捧げました。地震や災害は本当につらく悲しいことですが、それゆえに心の壁が崩れ、わかり合うきっかけになることがあるようにも思います。今、東日本の被災地を回って歌いながら、一人でも多くの方が、あのおばあさんのように心の傷をいやされ、もう一度笑顔で生きていかれますよう祈り続けています。

<編集者より>
「特別寄稿 戦争の記憶」について読者の方からご意見をいただく機会がありました。クリスチャンは、キリストの十字架を信じるという点で一致しますが、個性はさまざま。考えや意見も異なり、悩んだり間違ったりもする中、神に尋ねて生きています。同じなのは「神」なのだと改めて思います。(永倉)

9月に“ゴスペルボックス”(移動式書店)で福島を訪問。宿泊先として用意していただいたのは、かつて中央日本聖書学塾であった施設。ある先生から、学びながらの農作業や実践伝道が厳寒の中も行われ、徹底的に祈り込まれたという、厳しくも熱い当時の様子を伺い、心から感激しました。(加藤)