わが家の小さな食卓から
愛し合う二人のための結婚講座
第17回 産後クライシス―夫婦の危機

大嶋裕香
 1973年東京生まれ。宣教団体でキリスト教雑誌の編集、校正を手がける。99年にキリスト者学生会(KGK)主事の夫と結婚後、浦和、神戸、金沢と転々としながら年間100~200名近い学生、卒業生を自宅に迎える。KGKを中心に、夫と共に結婚セミナーで奉仕。その傍ら、自宅でパン教室、料理教室を開き、子どもたちにパン作りを教えている。13歳の娘と10歳の息子の母親。

結婚後にわが家を訪れるご夫婦に対して、また私たち夫婦がしている結婚セミナーにおいて、「産後クライシス(危機)」について語り合うときをできるだけ持つようにしています。夫婦の危機が訪れるのは、妻の産後が多いのです。離婚率が上昇するのもおもに産後二年以内とのこと。最近はテレビや新聞などメディアで取り上げられることも多く、ドラマにもなりました。
ベネッセ教育研究所開発センター・次世代育成研究所の調査では、出産後に夫への愛情が減る妻が増え、妊娠期に「夫を本当に愛していると実感する妻」が七十四パーセントだったのに対し、産後一年で四十六パーセントまで低下。さらに二年で三十七パーセントまで、三年で三十四パーセントまで落ち込みます。一方夫は「妻を本当に愛していると実感する」割合が産後一年で六十四パーセントまで低下するも、その後五十パーセント以上を維持し続けます(「第一回妊娠出産子育て基本調査。フォローアップ調査〔妊娠期~二歳児期〕二○一一年四月)。
また、産後の母親のヘルスケアに取り組むNPO法人「マドレボニータ」(東京都)によると、産後半年以内の女性を中心に調査したところ、「産後に離婚を考えたことがあると答えた」のは、五十二パーセントでした(NPO法人「マドレボニータ」調べ。二○○八年~二○○九年)。
男女間の格差も相当ありそうです。特に女性は、産後は赤ちゃんの世話で睡眠不足が続きますし、ホルモンバランスも崩れている時期。夫が妻の疲弊に気づかないと、お互いの間にかなりのずれが生じると思います。「育児の大変なときに夫が手伝ってくれなかった」「母親なのに、何で子どもと一日いるのが大変なの? いいよな、子どもと一日ごろごろできて、と言われた」など。最近増えている「熟年離婚」の原因も、産後の夫に対する不満や恨みが何十年も積もり積もって、という話をよく聞きます。積年の恨みを抱く前に、夫婦でじっくり向き合うことが必要でしょう。
また産後の夫婦は、性的な関係でもずれが生じやすいのです。授乳で女性ホルモンの分泌が抑制され、育児による疲労や子ども優先の生活に切り替わったことで、妻は夫に求められるのが苦痛になることもあります。出産後の切開の痛みが原因になることもあるのです。しかし、夫は妻の妊娠期から産後にかけて、性的欲求に変化はありませんから、どうしてもすれ違ってしまいます。

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実は、わが家にも「産後クライシス」がありました。長女が生まれてすぐのこと。実家も遠く、初めての育児に大わらわな私。帝王切開だったので、しばらくは傷の痛みもあり、睡眠不足と疲れのため、夜は子どもと一緒に早く寝てしまっていました。ある夜、夫が大量の餃子を食べて帰宅。私はついつい「にんにくの臭いが耐えられない!」と夫の要求をはねのけてしまったのです。しばらくして、夫に別室に呼ばれ、「裕香は何を一番大事にしているの?」と問われ、はっとしました。「私がおむつを替えないと、私が授乳しないと、娘は生きていけない!」という必死の思いがある一方で、「でも、あなたは大人なんだから、着替えも食事も一人でできるでしょう?」と、夫に対する思いやりの気持ちが欠けていたのです。同時に、母からのアドバイスも思い出しました。「産後は母親は育児に必死だけど、その時期に夫の心が離れていくことが多いから、なるべく小綺麗にして、旦那さんを大事にするのよ」――なんとも具体的なアドバイスだったのですが、真理だと思います。その後は私も心を入れ替え、いつまでも綺麗で愛される妻でいようと、身なりにもより気をつけるようになりました。ただ「にんにく食べすぎ注意」はそれとなく伝えていますが。
夫婦共に相手の体調や事情を思いやり、性的欲求についても自由に話し合いができたら素晴らしいことです。デリケートな問題ですから、誰にでも話せるという話題ではありません。しかし、信頼し合える関係の中で性の悩みや夫婦の危機についても分かち合ってくださる方々との正直な交わりに、私たち夫婦は助けられてきました。
箴言5章18節では、「あなたの若い時の妻と喜び楽しめ」(新共同訳では、「若い時からの妻に喜びを抱け」)と言われています。また、雅歌で歌われる夫婦の関係は美しく、愛にあふれています。互いの肉体を褒め合い、受け入れ合う素晴らしさは、結婚という関係において神様が与えられた麗しいものなのです。夫婦が肉体的にも精神的にも互いを思いやることで、産後の危機を乗り越え、「ふたりが一体となる」歩みを文字どおり続けていきたいと願わされています。