かおるの雑記帳 素直に……バカに……

素直に……バカに……
内山 薫
日本バプテスト宣教団 池田キリスト教会会員

 学生の頃、ひょんなことからある若いピアニスト(当時16才の少女でした)のお母様と顔見知りになり、コンサートに招いて頂いたことがあります。会場でそのお母様と短い立ち話をした時、私は、「ピアノを弾く上で大切なことって何でしょうか?」と尋ねてみました。実はそう尋ねておきながら、「感受性です」という答えが返ってくるものと半ば期待していたのです。その頃私は生意気にも、芸術性の高さは感受性に比例すると考えていて、内心、その裏付けの言葉が欲しかったのです。ところが応えは、「素直さです」という一言でした。

 「感受性というなら妹の方がずっと強いですよ。でもなまじ感受性ばかりで理屈が多い。逆に姉の方は、ただのイモねえちゃんに過ぎないけれど、先生が練習しなさいと言えば、8時間でも10時間でも言われた通りやっている。要はその素直さなんです。」

 その言葉に、ひどくドキッとしたのを覚えています。何にドキッとしたのか、なぜ胸が痛かったのか、自分でも分りませんでしたが、あれ以来、この言葉は、サランラップのように頭の隅に貼りついて離れません。

 それから何年か経って、短い期間ですが、水彩画の先生に絵をみて頂いたことがあります。絵についてはほとんど何もおっしゃらない方でしたが、ある日その先生から「一度バカになりきって描いてごらんなさい」と言われた時は、何かしら大きな衝撃を受けました。才能だ、感受性だ、上手だ、下手だ……そんなことをつべこべ言わず、ただ一心不乱にやってごらん、そう言われたような気がしたからです。自分の中にある思い上がりも、劣等感も、すっかり見抜かれていた感じでした。

 愚かなまでの素直さ。とらわれのない心。自由。……言葉で言えても、実際はなんて難しいんでしょう。でも、そうやって考え込む私を見たら、先生はまた笑っておっしゃるのでしょう、「ほらほら、またとらわれている。バカになりきって……。」

 そう、才能も感受性も関係ない、一心に生きてみることで、はじめて開けてくる世界があるんですね。ほど遠いけれど、少しでも近づけたらと思います。