〝聖書流〟スローライフのすすめ プロ・ウィンドサーファーの夫・飯島夏樹さんを天国に送って十年。ハワイで四人の子育てに奮闘してきた妻・寛子さんが語る、聖書流スローライフとは。

『天国で君に逢えたら』その後

「スローライフ」と聞いて、何を思い浮かべるでしょうか。ファストフードをかき込み、季節の移ろいにもわが子の変化にも気がつかないないほどに忙しく毎日を駆け回る……といった生活とは、対極にある生き方。

ゆっくり、ゆったり、心豊かに過ごす時間を大事にする、そんなスローライフに、静かな共感とあこがれが広がっています。
心地よい風が優しく包むハワイは、まさにスローライフの名にふさわしい楽園の島かもしれません。けれどもその島で、一家の大黒柱だった夫が突然のがんで天に召され、遺された十歳から二歳まで四人の子どもたちを抱えて懸命に生きてきた女性の日々は、決してのどかではなかったはず……。

それでも、飯島寛子さんの新刊『アロハの贈りもの』(フォレストブックス)には、「家族5人ハワイで今日も生かされて」と副題がついています。

夫・飯島夏樹さんは、世界を転戦し活躍したトップクラスのプロ・ウィンドサーファーでした。その夏樹さんが肝臓がんに冒されていることがわかったのは、グアムで開いたマリンスポーツの会社が軌道に乗り始めた二〇〇二年のこと。生活のすべてを手放して、治療のため一家は日本へ引き上げてきました。

それから三年、夏樹さんは度重なるがんの切除手術、療養の日々を送るうちに、うつに冒されます。しかしやがて、書くことが好きだった夏樹さんは病床で、自らをモデルにしたような小説の執筆に一心不乱に打ち込むようになります。「少しでも何かを子どもたちに残してあげたいという思い」が動機となったと、寛子さんは『アロハの贈りもの』にその経緯を記しています。残された時間が限られたなか、それまでウインドサーフィンで世界を旅してきた経験をそのまま物語にしたような小説を、わずか三週間で書き上げます。それが編集者の目にとまり、新潮社から出版された『天国で君に逢えたら』は大きな話題を呼び、後に映画にもなったので、覚えている人も少なくないでしょう。

そうしたなかで夏樹さんは、自分らしい最期を迎える場として、そして後に遺してゆく妻と子どもたちの最善を願って、ハワイへの移住を決断します。そこへ行き着くまでとその後の詳細は、絶筆となった夏樹さんの著書『ガンに生かされて』(新潮社)を通して世に証され、二〇〇五年二月二十八日、三十八歳の若さで天に旅立つまでの三か月は、テレビのドキュメンタリー番組にもなりました。あれから十年。妻の寛子さんが「その後の飯島ファミリー」やハワイの日常をつづってきたエッセイが、『アロハの贈りもの』に結実しました。同書の前半には、夏樹さんの発病から天に召されるまで、そして現在に至る一家の生活が記されています。

その筆運びは、淡々としているように感じられるかもしれません。しかし、夫が末期がんとわかったショックを、こんな言葉で正直に書いています。「『がん? 夏樹は死んじゃうの?』、『母子家庭になってしまうの?』、『四人の子どもたちをどうしたらいいの?』……。そんな思いや考えが頭の中をぐるぐると回り、正常な思考ができない状態になりました」

一縷の望みをかけていた肝臓移植ができないと診断されたときのことについては、「『すべてを捨て日本に帰ってきたのに、なぜこのようなことになってしまったのか』と深く後悔し、夫婦共々打ちひしがれてしまいました。『神さまはなぜこのようなことを許されたのだろうか?』、その思いが心の奥を深く刺し通したのです」と失望感を表してもいます。

不慣れな日本での生活を耐える子どもたち。「ママ、グアムに帰りたい?!」と泣きだす娘。「私たち家族は暗いトンネルの中を歩く日々を送りました。しかし、それでも神への希望が私たちの中にはあったのです」と寛子さんは言い切ります。この「それでも……」というトーンは、この本を根底で貫いているといってもいいでしょう。

例えば、女手一つでの子育ての大変さ。「私だけが喪失経験をしたのではありません。四人の子どもたちもパパがいなくなり本当に寂しい思いをしたのです。……休日子どもたちに『つまらないなぁー』と言われるのが、本当にこたえました。それを言われると、私は再び悲しみの底に落ちていくような思いになりました。……当時八歳であった双子の寛と吾郎は、最初の一年間はとにかく楽しいことだけを考えるようにしていたと後に話してくれました。本当によく頑張ったと思います。……神さまにつながっているなら、必ず悲しみは喜びに変えられることを信じて」

そして聖書のことばを引用しています。「あなたがたにも、今は悲しみがあるが、わたしはもう一度あなたがたに会います。そうすれば、あなたがたの心は喜びに満たされます。そして、その喜びをあなたがたから奪い去る者はありません」(ヨハネ一六・二二)後半のエッセイには、今は大学生になった長女小夏さんと双子のヒロ・ゴロ君、中学生になった末っ子多蒔君のことが、折々のエピソードを交えて出てきます。その元になったクリスチャン新聞福音版に三年余りにわたって連載中のエッセイには、毎回必ず聖書のみことばが引用されています。

それは、小説や手記の形で愛する人々に生きた証を遺していった夏樹さんが、一番伝えたかったことでもあるからです。妻寛子さんも、生前の夏樹さんの習慣を引き継ぎ、毎朝聖書の語りかけに心を傾けて一日を始めるといいます。本書は、そんなライフスタイルに支えられてきた飯島ファミリーが、「感謝」の気持ちを込めて贈る“聖書流”スローライフのすすめです。(いのちのことば社出版部・根田祥一)

飯島寛子

世界の第一線で活躍したプロ・ウィンドサーファー飯島夏樹と結婚し、4人の子どもを授かる。夏樹は肝臓がんのため2005年に38歳で天に召される。その半生は映画化され大きな反響を呼んだ。現在は、エッセイスト、ラジオパーソナリティとして活躍し、自身の経験を活かした講演活動を行っている。ハワイ在住。

飯島寛子オフィシャルブログ
http://ameblo.jp/hirokoiijima/