「がん哲学」で心に処方箋
―教会にがん哲学外来・カフェを! 第4回 良い読書とチームづくり

樋野興夫
順天堂大学医学部
病理・腫瘍学 教授

余命宣告を前に、失望の中「がん哲学外来」を訪れる人に、私はおせっかいな〝ことばの処方箋”を出しています。なぜここに来たのか、話を聞き、相手のようすをよく見ながら、どのような〝ことば〟なら心に届くだろうかと考えます。今、その人だけのためのことばを真剣に探すのです。
そのためには、何より私の中に〝核になることば〟がなければなりません。私は講演などで、「良い先生」「良い友」「良い読書」という三つの出会いをすすめています。特に若いときに良い本を読むことは重要なことです。
私が語ることばの多くは、『聖書』のほか、新渡戸稲造、内村鑑三、南原繁、矢内原忠雄、吉田富三の著書からのものになるでしょう。新渡戸稲造の『武士道』は、八年前から地元で読書会を開いており、何度も読んでいます。ウィリアム・クラーク博士のもとで信仰をもった内村鑑三、その弟子であり、東京帝国大学の初代総長である南原繁、同じく内村鑑三の聖書研究会に入り、次の総長となった矢内原忠雄らからも大きな影響を受けました。彼らはキリスト者であり、また戦後、重要な働きを担った人たちです。神を信じ、自らの生き様を通して語ったそのことばには力があります。また、クリスチャンではない人たちにもよく知られた人物でもあります。吉田富三は、国際的にも活躍した元癌研究所長で、私と同じ病理学者です。
私に会ったことのある人は、私がこの五人について語るのを何度も聞いていることでしょう。私は多くの人の本を読むというよりも、彼らの著書をくり返し、深く読んでいます。その意味では、彼らとチームを組んで「がん哲学外来」を行っていると言えるかもしれません。
現在、地上にいるのは私ひとりですが、天上にいる彼らと会議をしているかのようですね。私が一人で行っているように見える「がん哲学外来」には、実は「読書」を通して私を支えてくれている人たちがいたのですね。

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この連載を読み、教会で「がん哲学外来・カフェ」を開きたいと思ってくださっている方がいましたら、三、四人のチームを作るのが良いかと思います。ひとりでは始めるのが難しくとも、数人が協力すればできるものです。
また、「良い読書」をしてほしいと思います。『聖書』をじっくりと読むこともそうでしょう。くり返し読み、聖書を開かなくても、自然と「みことば」が出てくるまで覚えてください。ほかに、クリスチャンたちの著書から、心に留まったことばを覚えるのも良いでしょう。
私はがん哲学外来で〝核になることば〟を話すとき、「これは聖書のことばです」とか、「新渡戸稲造の本に書かれていることばです」といった説明はしません。私自身のことばとして、本気で相手に語らなければ意味がないからです。と同時に、私がクリスチャンだと知っている人も増えてきましたので、特に説明しなくても、聖書が土台となっていると思ってくださる方もいることでしょう。クリスチャンであることが明らかであれば、「聖書のことばです」とわざわざ言わずとも、相手に伝わることばでお話しするのがよいと思います。時に、「聖書に書いてある」ということは、〝押し付けがましさ〟になってしまう場合もあるからです。自分のことばになるまでそのことばを読んでください。そしていつか、そのことばを覚えていた相手が、聖書と関係があると気づいてくだされば幸いですね。
教会に人が来ない時代になっています。敷居が高くて、行きにくいという声も耳にします。「がん哲学外来・カフェ」は、だれかが何かを教える場ではなく、ともに「対話」し寄り添う場です。弱さを抱えながら、それを吐き出せる場が教会の中にあれば、それは教会の良い働きとなり、同時に地域にとっても必要な存在となるかと思います。現在、「がん哲学外来・カフェ」は、全国に広まっています。これは「時代の要請」だと感じています。まずは、ぜひ教会のご友人たちと、お近くの「がん哲学外来・カフェ」へ行ってみてはいかがでしょうか。