「がん哲学」で心に処方箋
―教会にがん哲学外来・カフェを! 第2回 「3分診療」と対話

樋野興夫
順天堂大学医学部
病理・腫瘍学 教授

「三分診療」ということばを聞いたことがあるでしょうか。二時間、三時間待ったのに、診療はたったの三分ほど、ということを指すことばです。
これは現在、日本の多くの病院で見られる光景です。その理由として、医者不足はもちろん、昔のように近くの病院でかかりつけ医に診てもらうというよりも、患者さんが大学病院など一部の病院に集中していることが考えられます。病気の程度によって病院を選択することができればよいのですが、不安ゆえか、ちょっとした風邪などでも大病院へ来る人が増えており、がんなどの重篤な患者さんが短い診療しか受けられなくなってきているのです。また、デジタル化によって、電子カルテやパソコンを見ながら診療するスタイルになってきたことで、患者さんの顔を見る時間が減ったような気がします。
私は若い頃、「どんなに忙しくても、相手の顔を見て診療するように」と指導されてきました。相手と向き合うことはとても大切です。ですが、現在の医師たちは、それを望んでいてもできないほど多忙な状況にあるのです。そこで、研究時間を自分で采配できる病理医である私が、その役割を果たそうと思い、がんについて患者さんと個人面談する「がん哲学外来」を始めたのです。ですがこれは、医療に限ったことではないように思います。教会内でも、同じようなことが起こってはいないでしょうか。「牧師先生にもっとゆっくりと話を聞いてもらいたい」「先生がいつも忙しそうで話しかけづらい」そこで私がおすすめしたいのは、それを牧師先生だけに任せるのではなく、教会の信徒の方々が、ぜひお話を聞いたり、ともに語りあったりする場を始めていただきたいということです。牧師先生が忙しいならば、使命を感じた方が始めることが良いと思うのです。お茶を飲みながら、ともにおしゃべりをし、自分たちの不安や思いを語り合う。それができる場が、現代の日本でいかに少ないことでしょう。教会でできるようになれば、素晴らしいと思うのです。
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順天堂大学で、三か月の期間限定でスタートした「がん哲学外来」は、その後、さまざまな場所で持たれるようになりました。東京・御茶ノ水のお茶の水クリスチャン・センターでの集まりは、初期の頃にスタートした集まりです。最初は二十~三十人ぐらいからスタートしましたが、現在では、毎回八十名以上の参加申し込みがあります。事前にファックス等で申し込みを受け、名札を用意してお待ちします。カフェでは、コーヒーやお菓子を楽しみながら、ひとつのテーブルに「がん哲学」を理解しているスタッフ(ファシリテーター)がひとりつき、六~八人ぐらいで集まって話します。スタッフの役割は、全員が話せるように意識しつつ、その場の流れをリードしていくことです。「私はがん患者です」「家族ががんで……」と、それぞれが抱えている思いを語り、その時間は、一時間半、二時間、それ以上にもおよびます。そして、カフェの最後には、各テーブルで話したことを全体でシェアしていきます。「がん哲学外来・カフェ」で参加者がおしゃべりをしている間、私は事前に予約を受けていた人たちと、個人面談「がん哲学外来」を行います。
皆で話したい、という人もいれば、個人的に話を聞いてほしいという人もいるからです。それぞれの必要の応じた「対話の場」がもてるとよいと思っています。
お茶の水クリスチャン・センターでの毎月一度の集まりのほか、日本各地で「がん哲学外来・カフェ」が開かれ始めています。自分の想いを話す場がある。聞いてくれる人がいる。それが、人々の心の支えとなるのです。たった三分で相手を判断、診療するのではなく、三十分、一時間、二時間……と時間をかけて相手と向き合うことがなによりもの処方箋になるのです。

「がん哲学外来・カフェ」の方針3か条
1. 他人の必要に共感する(自分を押し付けない)
2. 暇げな風貌 (忙しすぎてはならない)
3. 速効性と英断 (良いと思ったらすぐ実行)

「カフェスタッフ」の用件3か条
1. 個人面談
2. 場づくり(来訪者にお茶を出す)
3. 研さん(30分の沈黙にも、お互いが苦痛にならない存在となる)