「がんばる人生」から「ありのままの人生」へ 東後勝明氏インタビュー(2)

続出するトラブルのなか聖書のことばで起きた「異変」

 その後、東後氏のがんばる人生は加速する。常に勝ち組に身を置き、長期イギリス留学、ラジオ「英語会話」講師、早稲田大学教授就任と輝かしい経歴を積み重ねていく。

 しかし、外の世界での華々しい活躍の一方で、家庭では深刻な問題が次々と起こり始めた。最初はイギリス留学中に娘さんが不登校になり、日本に帰ってもなかなか順応できなかった。その対応に追われていた奥さんが、脳内出血で入院。東後氏自身も、教授会の最中に腹腔内出血で倒れて救急車で運ばれる。搬送先の大学病院でも原因がわからないまま出血は続き、開腹手術の直前にようやく出血が止まるという事態に陥った。

 一命は取りとめての入院中に、奥さんが通い始めていた教会の牧師が東後氏を訪ねた。牧師が聖書(詩篇二三篇)を読むと、東後氏に一つの大きな転機が訪れる。

 「その時……じっと聴き入っていた私に異変が起きた。体中が熱くなり、肩の力がスーっと抜け、目から大粒の涙がポロポロとこぼれてきた。そして、誰かに後ろから軽く肩に手をかけられ、『そのままでいいんだよ』という、その声が聞こえてきた」(『ありのままを生きる』より)。

地位も名誉も捨てる覚悟で苦しむ家族と向き合う

 その後、キリスト教の洗礼を受けると東後氏に様々な変化が現れる。

 「娘が不登校になった原因は本人にではなく、家族に問題があると、カウンセラーから指摘を受けた。家族の人間関係の回復に正面から取り組まないと、家族が崩壊しかねない状態でした」と東後氏は振り返る。

 ちょうどこの時期、東後氏は博士論文の作成中で、その提出期限が迫っていた。

 「私にとっても博士号を取ることは大きな目標でした。しかし、結局は博士号をやむなく断念し、家族と共に自らの人間性の回復に多くの時間を使う選択をしました。目標を捨てたことは辛いものでしたが、しばらくすると違った世界が少し見えてきた。学位や名誉よりもっと大切なものがある。命をただ長らえるより、神様から与えられた使命を果たすほうが大切なんじゃないか。そう考えるとすべてのものが手段にすぎず、最終的な目的ではなくなる。

 それでは、英語を手段にして、何に生かしたらいいのか。主が自分をどのように用いようとしておられるのか。それに目を向け、耳を傾けて、自分はそちらに従って歩んでいこうという気持ちになった」。

手放すことで神様から与えられるもの

 学位論文を諦めたことによって、学内でちょっとした問題が持ち上がる。文部科学省に申請した大学院の新設ゼミの担当教員に、イギリスで博士号を取得するはずの東後氏を予定していたからだ。

 「それにはとにかく博士の学位が必要だと責められた。それで、私は大学院の担当を下りると申し出た。ところが教授会は、『どうしても東後氏を』という決定を下した。後に大学院設立後、一定期間は文科省の指導下にあるが、それ以降の人事権は教授会に移り、私の就任がOKになった」。

 神様は、苦しむ家族のために地位を手放す覚悟を決めた東後氏に、思いもしなかった道を開いた。そして、若い日に抱いた「東後勝明でなければと言われる存在に」という志も、アカデミックな世界の頂点で実現する。

 「神様は、最善を最も良い方法で、最も良い時期に備えてくださった。洗礼以降は、そういうことばかりですよ」。