結婚 ─ 神の結びあわせたもの 「イサク」と「リベカ」

栗崎 節子
近畿福音ルーテル教会 西奈良ルーテル教会 牧師夫人 イサクとリベカ会 代表

 聖書の中に登場するイサクとリベカの結婚を知ったとき、大きな感動と衝撃が体中に走ったのを覚えています(創世記24章)。

 結婚後二十年、四人の子どもたちも成長し、自分の人生を見直し、「神さまのために何かがしたい」そんな思いから祈りはじめ、三年目に、神さまからの答えがありました。それは、クリスチャンどうしの結婚の助けとなることでした。そんな思いを牧師夫人の集まりで話しましたところ、クリスチャンとの結婚を望みながら、出会いのないまま教会生活を送っておられる方の多いこと、またクリスチャンとの結婚を望みながらも、出会いの機会がなく、結果的にノンクリスチャンとの結婚を選ぶ方が多いこと、さらにクリスチャンの方がノンクリスチャンとの結婚をすすめ、お世話されるケースさえあることなども知らされ、祈らされました。先のイサクとリベカの結婚に、神さまが私たちに教えてくださっている祈りがあり、私たちのあるべき姿勢が示されていると確信し、押し出されるような思いで、この会をはじめました。当然のように会の名前は「イサクとリベカ会」としました。

 あすのこともわからない人間が、どうして自分だけの思いで、将来の伴侶を考え、決定できるでしょうか。クリスチャンになったその日そのときから、神さまは「祝福する!」と約束してくださっていますから、感謝と希望をもって歩みたいと願っています。

 この会は、会員ひとりひとりが幸せになってほしいと願っていることはもちろんですが、大きな目的の一つは、「教会の力」となっていただくことです。会員の将来は、誰にもわかりません。今日元気な方と結婚しても、数ヵ月後には病になるかもしれませんし、その逆もありうるでしょう。また経済的に豊かであることは、それが永遠に保障されているわけではありません。すべては神さまのみがご存じです。それは私自身が経験したことでもあるのです。

 二十二歳。母の理想とする、この世的には地位も名誉も財産もある青年が現れたのですが、この人はノンクリスチャンでした。このときすでにお付き合いをしていたクリスチャンの男性から、自分の気持ちが離れていくのがわかりました。九十九パーセントこの方との結婚を考え、決断の日が近づいてきました。ところがそのときにみことばが与えられました。「もしあなたが信じるなら、あなたは神の栄光を見る」(ヨハネ11・40)。「神さま! 私のすべてをご存じですから、主のみこころにかなった結婚を、そして、私にとって幸せな結婚を教えてください。自分の意に反した結果でも受け入れることができますように」との祈りに導かれ、クリスチャンとの結婚を決断しました。

 結婚二十年目に、我が家に初めて来てくれた母が、涙して「あなたはこの幸せを知って結婚したの?」と聞きました。私は「いいえ」と答えました。私自身も二十年目にしてそのことがはっきりわかったのです。

 神さまは私たち人間に自由を与えてくださっています。人生の歩みの中で、何度か大きな決断を迫られるときがあります。何が主に喜ばれることか、何が主のみこころを悲しませることなのか、そのとき、サタンに負けてしまわないためにも、主にとどまり、主のみこころに従う決断をしていくとき、主ご自身が責任をもって問題を解決してくださるのです。

 成婚にいたるまではさまざまですが、以前、会員登録後三、四年で結婚された山形の方や島根の方を訪ねたときにも、神さまの大きな祝福と恵みを見せていただきました。

 お二人で教会の力となって喜びと感謝の日々をお証しされたのです。「ハレルヤ!」と賛美をしながら帰途についたのを思い出します。またお手紙やお電話で「幸せに教会生活を送っています」とか「会員の○○さんの紹介です。彼らのような結婚をしたいので」などということもよく聞くようになりました。どこにその秘訣があるのでしょうか。

 最近、結婚や結婚観、また男女交際に関して、本当に心痛む、あるいは聞くにたえないような社会現象が見られます。そしてそれは教会にも忍び込みつつあるように感じます。若いクリスチャンの中にも、世の価値観や風潮に流されたり、それを当然とする発言が聞かれたりもします。しかし私たちは世の中がどうあれ、神さまの前に恥ずべき行いをしてはなりません。かくれたところをも見ておられる主は、私たちが清い生活を送ることを望んでおられます。そしてそこにこそ本当に祝福された結婚があると確信するのです。

 主はよいことをしてくださいます。希望をもって、微力ながらも、クリスチャンホーム誕生のためにお手伝いをさせていただきたいと願っています。