死と向き合う生き方 ◆柏木哲夫先生講演会「いのちをつなぐ」レポート

根田祥一
いのちのことば社出版部 編集長

日本におけるホスピス運動の草分けである柏木哲夫氏(金城学院学院長、淀川キリスト教病院理事長・同名誉ホスピス長)の講演会が六月二十六日、東京・千代田区のお茶の水クリスチャン・センターで開かれ、定員二百人のチャペルに満堂の聴衆が詰めかけました。今回は「いのちをつなぐ」をテーマに、「つなぐ、つながる、つながれる」と題して講演。これまでに約二千五百人の最期を看取ってきた経験や、いのちの問題や生と死についての多くの著書からのエピソードも交えた、ユーモアあふれる話に会場は引き込まれました。
柏木氏は「つながれるというと、束縛される、自由が奪われるというマイナスイメージがあるが、凧はつながれているから高く上がる。つながれていることが大切なこともある」と切り出し、辞書に出てくる用例を取りあげて、こう説明しました。「辞書の例には漢字で『命をつなぐ』とあり、『生命を持ちこたえるようにする』という物質的なイメージで説明されています。でも、日本死の臨床研究会の年次大会では『いのちをつなぐ』とひらがなでテーマを掲げました。この場合の『いのち』には、物質的な『生命』だけでなく、いろいろな意味合いがあります。」
そして、大阪大学名誉教授だった中川米造氏(医学哲学)の遺言的なことば、「私の生命は間もなく終焉を迎えます。しかし、私のいのち、すなわち私の存在の意味、私の価値観は永遠に生き続けます。ですから、私は死が怖くありません。……これまでの医学は、生命は診てきましたが、いのちは診てこなかった。これからの医学は、いのちも診ていく必要があります」を引用し、生命は有限でも、いのちは無限であることの大切さを語りました。
いのちの無限性を感じ取る感性が大切だと、柏木氏は強調します。若き医師のとき、一年間だれとも話さない女性の患者を担当し、「患者とともにあれ」と書かれた記事を目にして実践した。一年後、そこでの勤務を終えてあいさつをすると、その女性が「ありがとう」と初めて口を開いたそうです。「何が彼女をしゃべらせたか。空間をともにするつながりです。」柏木氏によると、患者は普通の人とつながりがないという意識をもつのだそうです。治療者は患者と普通の人との間をつなぐ役割をするのだといいます。

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人々の死を看取るホスピスや緩和ケアに従事するスタッフにとって、「いのちをつなぐ」とはどういうことなのか。柏木氏は、医師と患者の間でも日常生活の会話の中でも起こりがちなこととして、安易な励ましは禁物であることに注意を向けました。それは「つながりを遮断すること」になるのだと。
死を前にした患者から「先生、もうだめではないでしょうか」と言われて、医師が「そんな弱音を吐いてはだめです。もっと頑張りましょう」と言えば、そこでつながりは切れてしまう。だが、「そんな気がするのですね」と理解的態度で返すことによって会話は継続する。患者が会話をリードし、弱音を吐ききることができるというのです。「励ますというのは、本当に気をつけなければいけない。阪神淡路大震災でボランティアをしましたが、そのとき『頑張ってください』と言われて腹が立ったと、ある被災者が私に訴えられました。『頑張ってください』という言葉は、自分が参加しなくていい、外から励ます行為だからです。」
最後に、「がんの治療期とつながり方」という話で講演は結ばれました。①初期の治療期には上から励ますことも必要だが、②再発した進行がんでは下から支えることが重要。③そして、末期がんでは横から寄り添う。それは、①技術力でつながる、②技術力と人間力でつながる、③人間力でつながる、ということ。「二千五百名を看取りましたが、確実に言えることは『人は寄り添いさえすれば、ちゃんと死んでいける力をもっている』ということです。」