少年院に入って良かった 元武闘派暴走族のリーダーが、少年院でイエス・キリストに出会った。非行少年から牧師へ、そして更生支援者へと変えられた野田詠氏さんの思いとは。

「感じ続けた神の視線」

大阪府東大阪市にあるアドラムキリスト教会の野田詠氏牧師は、元暴走族のリーダー。十九歳で入った少年院で差し入れの聖書を読み、イエス・キリストを知った。出院後、神学校で学んで牧師となり、開拓伝道を始めるとともに、かつての自分のような非行少年たちの更生を支援し続けている。「更生はひとりではできない。自分がやり直せたように、誰かのやり直しを手伝いたい」。今年二月に出版した自身の半生記『私を代わりに刑務所に入れてください―非行少年から更生支援者へ』(いのちのことば社)は、テレビや新聞で取り上げられて反響を呼んでいる。

母の悲痛な叫び

本のタイトルになった『私を代わりに刑務所に入れてください』は、初めて少年院送致が決まったときに、傍らで泣いた母の悲痛な叫びだ。一九九五年二月、暴走、暴行、覚醒剤を繰り返し、四度目の逮捕で一年間の少年院送致が言い渡された。
「私が悪かったんです。私のせいでこの子はこうなったんです」
母の哀訴を聞きながら、思わず声を詰まらせて泣いた。
三歳のときに両親が離婚し、母の手一つで育てられた。母はスナックを経営しており、二人の兄は年が離れていたため、小さいころから家で一人で過ごすことが多かった。寂しがり屋だが向こうっ気は強い。中学生になると高圧的な大人に反抗心を燃やし、理不尽なことの多い人生を垣間見て、やり場のない怒りにとらえられた。
そんなとき、ボクシングでオリンピックを目指していた次兄が、心を病んで実家に帰ってきた。その姿に衝撃を受け、将来への希望を完全に見失ってしまう。
やがて非行に走り、仲間と組んで暴走族を作った。盗んだバイクを改造して大音響で走り回る。交番の窓を壊して回る。シンナーを吸う。鑑別所に入れられても、出てきたら同じことを繰り返した。むしろ暴走は過激化して、他チームとの抗争にも明け暮れた。こうなると命も危険になる。そんな中で覚せい剤にも手を出した。

「いつでもやめられる」

そう思っても、必ず人は薬物の奴隷になる。やせこけて、孤独と恐怖心にさいなまれて泣いた。「このままで本当にいいのか」と、問いかける良心の声は、簡単に欲望に掻き消された。
「悪いことや快楽、楽な道にどっぷり浸かった自分が道を変えることは容易ではなかった」
そして、十九歳で初めて少年院に入った。

神の視線

送られた少年院での厳しい訓練の合間に、クリスチャンの長兄が差し入れてくれた聖書をふと開いた。新約聖書ヘブル人への手紙4章13節のことばが飛び込んできた。
「造られたもので神の前で隠れおおせるものは何一つなく、神の目には、すべてが裸であり、さらけ出されています」
今まで誰にも自分の心の中まではわからないと思っていたが、神の前にはすべてが知られているという。背後に神の視線を明らかに感じた。
「もう、悪いことはできへん」
その日から、神の視線を感じない日はなかった。そして懸命に祈り続けるようになった。ケンカ相手からの報復に怯え、過去の罪に震えて「助けてほしい」という切実な願いを託した。
「神様、あなたの前に罪を悔い改めて、新しく生きていきます。どうか今までの私を赦してください。私の問題を解決へと導いてください」
ある教官から薦められた本が、さらに背中を押した。三浦綾子の『塩狩峠』。暴走する列車に身を投げ出して乗客を救った主人公の姿に嗚咽した。
「自分の命を投げ出して、他者を救う。そんなことができるのか。何が主人公を突き動かしたのか。この人を突き動かしたものこそ、俺が信じようとしている神の力ではないか」
出院後、地元の仲間に誘われても「俺、キリストを信じたから、ケンカもうできへんわ」と言って、友人を絶句させた。土木現場で懸命に働いて、教会に通った。聖書を学び、イエス・キリストの十字架の意味を知った。
「キリストは俺の罪のために十字架にかかられた。俺は信じる! 俺にはこの方が必要だ」
心底そう思った。

自分を信じてくれる人

一九九七年に牧師を目指して生駒聖書学院に入学した。
しかし、すべてが順調だったわけではない。「自分は牧師には向いていない」と、やけくそになって学院を飛び出したこともあった。そして再び悪の道に戻りかけたものの、不思議と感じ続けた神の視線にかろうじて思いとどまった。
何もかも投げ出したくなる罪悪感と、学院にもう一度戻りたいという思い。葛藤する気持ちを吐き出したくて、学院の同級生に電話をかけたところ、思いがけない言葉を耳にした。
「副院長が今朝、『彼はきっと帰ってきます』と言ってたよ」
自分を信じてくれている人がいる。その一言に背中を押されるように、学院に戻ることができた。
非行少年たちにこの話をすると、彼らの多くが心を動かされる。「自分にも信じてくれる人がいてくれたら」と。
しかし、少し心を開いて周りを見渡せば、きっと信じてくれる人や支えようとしてくれる人が見つかると思う。だから、そのことに気づいてほしいと願っている。
改めて振り返ると、多くの人たちが支えてくれていた。暴走族の一人ひとりを親身になって心配してくれた刑事さん、読書好きだというと自分の本を貸してくれた家裁調査官……。非行少年たちを支える立場になった現在でも、少年たちを雇ってくれる昔の仲間たちには、ずいぶん助けられている。また、「応援してるよ」と、刑務所から長い手紙で励ましてくれた友人もいる。

「誰かのやり直しを手伝いたい」

やがて京都医療少年院の中坊久行牧師との出会いから、少年院での体験を語るようになる。真剣に身を乗り出すようにして聞く少年たちに、この自分のように、みんな必ずやり直せると伝えたかった。
聖書学院卒業後は地元で開拓伝道を始めた。また、薬物依存や暴力依存に苦しむ人を導く「ティーンチャレンジジャパン」の働きや、少年院出院者の自助グループ「セカンドチャンス!」の活動にもかかわるようになった。
「反省は一人でできるが、更生は一人ではできない。自分がやり直せたように誰かのやり直しを手伝いたい」
現在では法務省の施策「自立準備ホーム」の受託事業者として認可を受けている。刑務所や少年院を出所後も帰る先のない人々の衣食住を支え、更生と自立、心のケアをする働きだ。孤独に怯え、愛に飢えた少年たちの姿に、かつての自分を重ねる。藁をもすがる思いの親にも手を差し伸べたい。
とはいえ、なかなか報われない働きだ。経済的にも精神的にも大きな負担を伴う。少年たちに逆恨みされることもある。裏切られることも少なくない。もうやめたいと思うこともある。
それでも、真剣に関わった日々は無駄に終わらないと信じて、働きを続けている。
「私に力があるからできている活動ではない。(略)自分が少年院の中で、聖書のおかげで、天を恐れて生きることを知ったから、虚しい罪を犯していても幸せになれないと知ったから。(略)私に与えられている使命だと感じるから、この活動をさせてもらっている。こんな自分でも変われたから、変われる。やり直せると言いたい」
これからは妻と協力して、女性の支援もしていきたいと願っている。
二十年前のあの日、泣いて訴えた母は、昨年夏に家族に囲まれて安らかに旅立った。死の直前、病床の母に「お母さん、育ててくれてホンマにありがとうな」と語りかけた。
(出版部 山口暁生)