つい人に話したくなる 聖書考古学 第10回 羊飼いは蔑まれていた!?

杉本智俊
慶應義塾大学文学部教授、新生キリスト教会連合(宗)町田クリスチャン・センター牧師(http:// www.mccjapan.org/)

Q聖書には、「羊飼い」もよく出てきますね。

イスラエル民族の祖先であるアブラハムや孫のヤコブも、羊をはじめとして何百頭もの動物を飼い、交易をしながら、遊牧民のような暮らしをしていましたね。また、イスラエル統一王国を築いたダビデ王もかつては羊飼いでした。
羊は絨毯などを作る〝羊毛”のために飼われました。中東ではペルシア絨毯などが有名ですが、これは、羊毛で絨毯を作り、地面に敷き、床とする文化があるからです。
イスラエルの家の床も、地面に何枚も敷いた羊毛の絨毯です。ときには羊の肉を食することもありましたが、基本的に肉はめったに食べることのできないごちそうでした。
旧約聖書に、「あなたの全焼のいけにえはその肉と血とを、あなたの神、主の祭壇の上にささげなさい。あなたの、ほかのいけにえの血は、あなたの神、主の祭壇の上に注ぎ出さなければならない。その肉は食べてよい」(申命記12・27)とあります。イスラエルでは、年に数回行われるお祭りで、神に感謝や悔い改めをするため「全焼のいけにえ」や「和解のためのいけにえ」「罪のためのいけにえ」などを、エルサレム神殿にささげました。〝いけにえをささげる”〝悔い改める”と聞くと、ネガティブな印象を受けると思いますが、実はこの日は、親族や友人たちが集まり、ささげものをした後、牛や羊、鳩などの〝肉を食べる日”でもあったのです。つまり〝悔い改め”とは、神を礼拝し、罪が赦されて、ごちそうを食べる喜びの日、楽しい日でもあったのです。
このように旧約聖書の時代、羊飼いは良いイメージでした。しかし、何頭も羊を飼っていると、定期的な休みをとることはできません。羊飼いたちは、「安息日を覚えてこれを聖なる日とせよ」という旧約聖書の律法に従い、シナゴーグ(聖書の朗読を行う集会所。コミュニティの中心であった)の礼拝に毎週行くことができませんでした。
ですから、新約聖書の時代になると、羊飼いはユダヤ人たちに好まれない職業となっていたのです。貧しく、文盲と見下され、動物に触れる汚れた職業とされ、裁判での証言も認められませんでした。救い主イエス・キリストの誕生を天使から告げられたのは羊飼いでしたが、実はそのような時代背景があったのです。このクリスマスの羊飼いの出来事を記しているのが、新約聖書に四つある福音書の中で、唯一ユダヤ人ではないルカだけ、ということも興味深い事実です。「さて、この土地に、羊飼いたちが、野宿で夜番をしながら羊の群れを見守っていた。すると、主の使いが彼らのところに来て、主の栄光が回りを照らしたので、彼らはひどく恐れた」(ルカ2・8、9)
一方、イエス・キリストは、そのようにユダヤ社会では軽視されていた羊飼いについて、「わたしは、良い牧者です。良い牧者は羊のためにいのちを捨てます」(ヨハネの福音書10・11)、「わたしはまた、この囲いに属さないほかの羊があります。わたしはそれをも導かなければなりません」(同10・16)と述べ、羊を守り、リーダーシップをとる存在として語っています。イエスの言動は、当時のユダヤ社会の指導者たちにとって、また、当時の社会的な価値観に対して、驚きを与えるものだったのです。
イエスは、「私は羊の門です」とも述べていますが、これは比喩ではなく、当時の羊飼いが、実際に囲いの門のところに座って羊を守る門の役目をしたことからきています。

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ちなみに、新約聖書に数多くの書簡を書き残した使徒パウロは天幕職人でしたが、このテントも羊毛の絨毯のような、ごわごわした厚手の布で作られました。
「パウロはふたりのところに行き、自分も同業者であったので、その家に住んでいっしょに仕事をした。彼らの職業は天幕作りであった」(使徒の働き18・2、3)
現在でも、テントで生活している遊牧民たちがいます。このテントは、木の柱をたてて、それに布をかぶせて造るとても大きなもので、いわゆる現代のキャンプ用簡易テントとは全く異なります。
テントの中は、大きな布で台所と居間のふたつに仕切られ、台所は女性たち、居間は男性たちのスペースとなっていました。動物用のテントが建てられることもありました。以前、洞窟の家の話をしましたが、洞窟の周りに目的別にいくつもテントを建てて生活するケースもあったようです。絨毯の家というと、雨もりしそうに思えますが、羊毛は一度水に濡れるとぎゅっとしまるので問題ありません。
特に、パウロが生まれ育ったキリキア地方は、〝黒い山羊”の特別な羊毛がとれることで有名な地でした。パウロは、きっと真っ黒なテントを作っていたことでしょう。

Q羊のほかにはどんな動物が飼われていましたか。

当時、動物を飼うのはごく一般的なことでした。ロバやラバは荷物を運ぶために飼われ、大抵の家には、今の自動車のように少なくとも一頭はいたようです。救い主イエス・キリストも、ロバの子どもに乗ってエルサレムの都へと向かっています。ロバとは、ヘブル語でもアラビア語でも「愚か」という意味があるのですが、とても忍耐強い動物なので、人々の役に立っていました。畑に鋤をかけるときや、ロバでは動かせないほど重いものを動かすときには、牛が使われました。また、日本では牛乳が一般的ですが、ユダヤではミルクのためにヤギを飼っていました。速く走れるかっこいい動物としては馬があげられます。貴族や兵士が乗る動物であり、軍隊や戦車に使われる戦争の道具でもあります。世界の終りを預言している「ヨハネの黙示録」には、馬が出てきます。ほかにも、にわとりや豚、雀、らくだなどが聖書には記されていますね。