新約聖書よもやま裏話 第5回 律法学者のようにではなく …イエスの権威

伊藤明生
東京基督教大学教授

伊藤明生 主イエスは、どのような風貌で、どのような声で、どのような仕草を交え、弟子や群衆を教えたのだろうか。それらのことについて、福音書などにはまったく言及がないが、ナザレ人イエスの教えに対する人々の反応は書き記されている。「人々は、その教えに驚いた。それはイエスが、律法学者たちのようにではなく、権威ある者のように教えられたからである。」(マルコ一・二二)

 ここに出てくる律法学者とは、律法つまり旧約聖書の様々な戒めを人々に教える教師のことである。旧約聖書の律法は、神の民イスラエルがどのように生きるべきかを教えるために神から与えられたものであった。

 イエスの時代のユダヤ人たちは、神の民として神のみ教えに忠実に生きようとしていた。彼らは日々の生活の中で、当然のこととして、律法を読み、学び、安息日の会堂での礼拝でもその説き明かしを聴いた。

 神に熱心であればあるほど、神のみ教えを遵守しようと思えば思うほど、何が律法にかなっていることか、何をしなければならないか、もしくはしてはならないかが、日常の中での大きな関心事であり、課題となっていた。

 一般庶民、一般信徒であるユダヤ人たちは、日々の生活のただ中で、どのように旧約聖書にある律法を理解し、実践するべきかを考え、判断しなければならなかった。実際に、彼らが律法にかなった生活をするためには、何百年も前に神が神の民にお与えになった律法は、社会や文化の変遷と共に「再解釈」される必要があった。その解釈を律法学者たちがし、人々を教えていたのである。

律法学者とは

 律法学者とは、今で言うところの「職業」ではなかったが、もっぱら律法を学び、研究して、旧約聖書の中の神のみ教えを説き明かす存在であった。

 ユダヤ教当局の正式な見解としては、律法を説き明かすのは大祭司を頂点とした祭司たちの仕事であった。特に、いけにえ、祭りを執り行う際に課題となること(暦も含めて)は、祭司たちが律法を解釈して導き出した公式見解に基づいて執り行なった。

 そういう意味では、律法学者たちはあくまでも「平信徒」であり、非公式な解釈をしていたにすぎない。ただ、祭司たちとは異なり、一般庶民のただ中に生活をしていたこともあり、ユダヤ人社会全般に多大な影響を与えていた。

 当時のユダヤ教内部には、様々な主義主張が共存していた。新約聖書に登場するパリサイ派、サドカイ派をはじめ、ヘロデ党、熱心党、エッセネ派など。祭司の多くはサドカイ派に属していた。

 しばしば福音書の中では「律法学者、パリサイ人」とコンビで登場する。マルコの福音書には、「パリサイ派の律法学者」という珍しい表現が見受けられる(二・一六)。実は、こちらのほうが、より厳密で正確な表現である。律法学者の中にも、パリサイ派に属する者、サドカイ派に属する者などがいた。ただ、大多数の律法学者がパリサイ人であったことは間違いない。

何の権威で教えるか

 こういう律法学者たちは、旧約聖書を隅々まで詳細に学び、研究し、さらには過去の教師たちがどのように解釈したか、どのような議論を展開したかを熟知していた。

 そして、旧約聖書のここにこう書いてあるから、あちらにはこうあるから、ある偉大な教師がこう教えているからそれが神に喜ばれることだ、とユダヤの民衆に教え諭していた。その教えは、あくまでも神のみことばである聖書の権威に基づいたものであったのである。

 ところが、イエスはそうではなかった。律法学者とは違い、自らの権威で語り、教えた。

 マタイの福音書五章二一節以下はよい例である。十戒など旧約聖書からを引用した上で、「しかし、わたしはあなたがたに言います」(「わたし」が強調されている!)という導入で教えている。

 「殺すなかれ」と十戒にあるが、人殺しするだけではなく、兄弟に腹を立てたり、兄弟に悪口雑言言うだけで同罪だ、とわたしイエスは言う、と。「姦淫するなかれ」と十戒にあるが、情欲を抱くだけで姦淫を犯したことと同じだ、とナザレ人イエスは言う、と。

 律法学者たちは、基本的に自らを律法の権威の下に置いたが、イエスはご自身を律法と同等、もしくは律法の権威の上に自らを位置づけていた。イエスの教えが律法の教えと矛盾したとか相反することをイエスが教えたと言うつもりはない。つまり、イエスが何の権威によって何に基づいて教えていたかが重要なのである。

 「イエスがこれらのことばを語り終えられると、群衆はその教えに驚いた。というのは、イエスが、律法学者たちのようにではなく、権威ある者のように教えられたからである。」(マタイ七・二八、二九)

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