フォレストブックスの使命
フォレストブックスの使命
21世紀に向かう文書伝道の可能性(池田勇人)
傷ついたこころをいやす本を(惣慶 毅)
フォレスト出版部長 鴻海 誠

















 だれに向けて? 何のために?
 〈フォレストブックス〉シリーズの創刊から一年がたちます。昨秋、五点を同時発売したのを皮切りに、現在まで十一点を刊行しました。
 このフォレストブックスは「だれに向けて」「何のために」つくられているのか、お話しさせていただきたいと思います。
 少し以前のことになりますが、私どもいのちのことば社の月刊誌『百万人の福音』から、一九八五〜九四年にわたって別冊増刊号『百万人の福音スペシャル』を発行しました。これはノンクリスチャン向けのプレゼントに用いることができるようにとつくったものでした。本来、『百万人の福音』そのものが伝道誌として誕生し、実際そういうかたちで利用してくださっている方たちもいましたが、長い歴史を重ねていくうちに、定期購読者としては圧倒的にクリスチャンが中心になってきたため、別に「伝道版百万人の福音」が求められたのです。
 さて、そのスペシャルが年によっては注目されるものとなり、単行本化されていきました。星野富弘・三浦綾子対談『銀色のあしあと』や、水野源三の生涯と作品『こんな美しい朝に』、レーナ・マリア『マイライフ』などがそうです。これらの本は、いのちのことば社刊ではありますが、本が生まれたいきさつや目的、また本の印象において、小社の他の信仰書とは趣を異にしていました。それでマナブックスと銘打って、キリスト教専門店だけではなく、一般書店でも積極的に販売しました。
 そうした試みの中で、編集部には多くの愛読者カードや反響が寄せられました。その中には、明らかにクリスチャンではない、教会にも行っていない人たちの声も多くあり、その方たちが喜んで聖書のことばに耳を傾け、クリスチャンの生き方に感動を受けている様子が伝わってきました。これは希望であり、本をつくらせていただいている者として最高の喜びでした。この文書伝道の流れを消してはいけない、育てていきたいという思いが芽生えていったのです。

 真に伝道的な本とは?
 少し長くなってしまいましたが、フォレストブックス誕生までの前史を語らせていただきました。
 しかし、フォレストブックスは単なるマナブックスの延長ではなく、新しいコンセプトをもった本のシリーズです。マナブックスはあくまでも教会の方々に伝道に用いていただく、という発想から生まれたものでしたが、フォレストブックスは、一般書店でノンクリスチャンの人々が目に留め、求めていただくことを意図してつくっています。
 キリスト教の伝道がしばしば相手の状況にお構いなく、「聖書の言っていることを信じなさい」「キリストの救いを受け入れなさい」と一方的に語る傾向があり、世の中の感覚から浮き上がったものになりがちな一面があります。
 キリスト教書も例外ではありません。世の中の人が今、何に困っているか、何に不安を覚えているか。それには何をどのように提供したらいいか。そうした分析や認識、感性なくしては、本当に価値あることを伝えられる本は生まれないでしょう。
 フォレストブックスの中で最も反響をいただいている本に『たいせつなきみ』(マックス・ルケード著)という絵本があります。この絵本には、ことばとしては「神」も「イエス・キリスト」もみことばも出てきません。ただ、ストーリーの伝えるメッセージが聖書的であり、みことばそのものになっているのです。
 自分の価値がわからなくなり、自信がなくなっている人に、この本は「あなたを創造された神さまの目に、あなたは高価で尊い者です」と訴えかけます。
 『たいせつなきみ』が現代の日本でよく読まれているということは、何を意味しているのでしょう。
 今日、人間が自分たちの幸福を自らの知恵や力にのみ頼って追求してきた結果、急激な社会的混乱と人間疎外が起こってきているように見えます。コンピューターによって文明をリードしてきたアメリカを始めとする先進国では、ここにきて「二〇〇〇年(Y2K)問題」で不気味な社会不安に陥っています。ますます増大する子どもたちの不登校、学校崩壊も軌を一にした問題だと思います。
 こうした時代にあって、宗教は言うに及ばず、教育、福祉、医療、芸術、そのほかさまざまな分野で、専門の知識や経験をもったクリスチャンが積極的に発言し、行動することが期待されます。聖書の示す不変の価値に出会うことを、世の中自体が求めているように思えてなりません。『小説聖書』(徳間書店)がベストセラーとなっている現実がそれを示してはいないでしょうか。
 フォレストブックスはクリスチャンに発言の場、証しの場を提供していきたい、そして新しい文書伝道のかたちとして、新しい世紀に一石を投じる働きをしていきたいと思います。
(このページは月刊『いのちのことば』1999年11月号の特集記事[フォレストブックスに見るこれからの文書伝道]から転載いたしました。)




21世紀に向かう文書伝道の可能性
フォレストブックスの使命(鴻海 誠)
傷ついたこころをいやす本を(惣慶 毅)
日本クリスチャンペンクラブ理事 霞ヶ関キリスト教会牧師 池田勇人























 枠組を広げて
 先日池袋の東武デパートに寄りましたら、レーナ・マリアさんの『マイライフ』が目立つ所に重ねられて売られていました。「オッ、やった!」と思わず叫んで一冊手に取りました。まちがいなく「いのちのことば社」の本でした。
 伝道的な本が、一般読者の目に触れる所に置いてある、ということの意味を再認識する出来事でした。どんなに良い本でも、読者の目に入らないものは買ってもらえないというのは当たり前のことなのに、文書伝道というと教会の中や、キリスト教書店という枠内に留まっていた感がありました。
 「全世界に出て行き……」(マルコ一六・一五)という大宣教命令の実践の一例として、一般書店でキリスト教の本が、自然な形で売られている。新世紀直前の今、「見よ。わたしは新しい事をする」(イザヤ四三・一九)と言われる主に、大いに期待すべきときを迎えているのではないか、と意を強くした次第です。

 限界へのチャレンジ
 町の少し大きな本屋であれば、聖書と並んで聖書に関する入門書などを目にすることは前からありました。ところが残念なことに、「聖書は神のことば」とする福音派のものでなく、聖書の権威を否定する神学博士や牧師の書いたものが正々堂々(?)と売られているわけです。
 聖書やキリスト教に興味のある一般読者が、否応なく聖書への偏見や誤解を植えつけられるこのような販売システムを何とかしなければ、との危機感が強くありました。
 この壁は相当厚いものですが、フォレストブックスが創刊されて一年、壁を崩す一つの穴が開いたのではないかと思わされます。マックス・ルケード著『たいせつなきみ』が絵本であるにもかかわらず、八ヶ月で五刷というのは驚異的な数字です。本物を求める現代人に応えうるものを今後提供してゆくことができるかが、文書伝道祝福の鍵であるような気がします。

 プリエバンジェリズムの見直し
 今までは伝道というと、すぐ刈り入れだけが頭に浮かんで来なかったでしょうか。何人決心したのかと数が問われ、受洗に至って一安心。一喜一憂しながら次年度の伝道を準備する……。これでは牧師に志願する者、伝道担当役員になりたいと思う者は減少するに違いありません。この世の競争に疲れて教会に来てみれば、世俗主義に毒された数の評価が待ち受けていて、大いに失望する人もいるかもしれません。言い逃れではなく、もっとゆったりと伝道したい。次世紀を迎えようとしていますが、収穫の主に送り出されて(ルカ一〇・二)伝道したい、と気づき始めています。
 「私が植えて、アポロが水を注ぎました。しかし、成長させたのは神です」(Tコリント三・六)とあるように、刈り入れの前に種まきがあり、水やりがあり、時間をかけてゆっくりと神が成長させてくださるわけです。単刀直入に福音を語り、悔い改めを迫る伝道文書は、もちろんなくてはなりません。でもその前に、いばらや石ころを取り除く文書、種まき用の文書、水やりの文書などが、どんどん開発されて来なくてはならないでしょう。プリエバンジェリズム(伝道前の伝道)がもっと研究され、多くの種まきがなされてゆかなければなりません。一般読者のこころをノックする、文化や趣味、スポーツ、芸術などの接点からの切り込みが、どうしても必要になってきます。

 ライターを育てる
 文書伝道の三要素――書く・刷る・配る――の中で、一番遅れているのは書く分野ではないかと考えます。書くことが好きな人はけっこういても、読者のこころに届き、感動を与え、いのちのことばであるキリストを証しする文章となると、だれでもというわけにはいきません。やはり「あかし文章教室」「文書伝道セミナー」などに参加して、訓練を受けることが大切です。教会内で独自に計画することもできますが、出版社による講座、ペンクラブとの共催によるセミナーなどによってライターを育ててゆく広い視点が求められてくるでしょう。
 「伝道的文章は、相手が受けとって、開いて見た一分間が勝負、そのとき読まなかったらまず読んでもらえないものといえる」とは、故後藤光三師の持論です。(『文書伝道マニュアル』古林三樹也編 CLC出版)
 有名にならなくても、本を出さなくても、一枚のハガキに、教会の機関誌に、祈りを込めて書いてゆく。だれかがではなく、私が今召されている所で小さな文書伝道者としての自覚を持って取り組んでゆきたいものです。と同時に、第二、第三の三浦綾子さんや星野富弘さんの出現を祈り求めてゆきましょう。
 最後にフォレストブックスに期待して、森林浴を思わせる鳥の声や、谷川のせせらぎ、著者の肉声や朗読のミニCDがついているものなども検討していただけたら幸いです。
(このページは月刊『いのちのことば』1999年11月号の特集記事[フォレストブックスに見るこれからの文書伝道]から転載いたしました。)




傷ついたこころをいやす本を
フォレストブックスの使命(鴻海 誠)
21世紀に向かう文書伝道の可能性(池田勇人)
那覇ライフセンター店長 惣慶 毅























 この原稿の依頼を受けた日の朝、テレビのワイドショーで、有名な芸能人夫婦の離婚を報じていました。幸せな結婚生活を夢見て、最も輝いていた十四年前の結婚式の映像が繰り返し放映され、番組の司会者は現在の二人の映像を見ながら、その変わりようについてコメントしていました。
 今の時代は、テレビ局だけでなく、ホームビデオ等の手軽な手段によって、繰り返し映像を観ることができます。本も同様に、そこに書いてある文章を幾度も読み返したり、確認することはホームビデオよりもずっと簡単です。
 時として、文章は人を生かし、そして人を傷つけます。今の時代は印刷、メディアの発達により、人の中傷や噂話等によって人のこころが傷つけられることがなんと多いことでしょう。しかも、その文章はいつまでも残り、本人や周辺の人たちに大きなこころの痛みとして残ってしまうのです。
 しかし、この一年間出版されてきたフォレストブックスは励ましと、希望に満ちた文章で満ち溢れています。
 「父母の方々に絵本を販売してほしい」との出張販売の依頼が、ある幼稚園の園長先生からありました。様々な種類の絵本がある中で、フォレストブックス『たいせつなきみ』を多く持っていきましたが、すでに読まれ、感動しておられた園長先生の推薦もあって、売り切れ、さらに注文も受けたほどに好評でした。『たいせつなきみ』の中で、主人公パンチネロは、何をやっても他の者よりも劣り、見下された生活を送っています。しかし、自分を創ってくれたエリが、ありのままの自分を愛してくれていることに気づき、一個のダメじるしのシールが落ちていくところで物語が終わります。
 先日、盲人のゴスペルシンガー新垣勉師が、「ナンバーワン(一番)になることよりも、オンリーワン(ただひとり)が大切なのだ」とテレビのドキュメンタリー番組で子どもたちに語っていました。「きみという人間はこの世界でたったひとりしかいない、それがすばらしいことだ」と新垣師は言うのです。
 競争社会にあって、一番になることを目指し、人の評価を気にする疲れた現代人にとって「オンリーワン」であること、神に愛され、創られた自分を知ることがどんなにこころのいやしになるか測り知れません。フォレストブックスは『たいせつなきみ』の主人公パンチネロのように疲れた現代人を、こころのいやしへ導く本だと確信しております。
 もう二十年余りも、フォレストブックスのような伝道向けの本で、文書伝道をしているクリスチャン経営の薬局があります。ライフセンター那覇書店より本を購入し、薬の業者の方や、親しいお客様に販売提供して、体だけでなく、こころのケアまでやっているのです。そして、この薬局は親身になって、病状を聞き、地域の人々のこころのよりどころとなっています。
 東京から一ヶ月に一度は出張で来るという薬の営業マンが、この店に出入りするうちに、信仰を持たれました。「出張の多い仕事で、疲れを覚えているときに、この薬局で、クリスチャン店主の優しさにふれ、薦めてくれた信仰書を通して、安らぎを得ました」とたまたま店内で会った私に語ってくれました。店主と一緒に薬局を運営してきた姉妹も信仰を持ち、今日も、主に生かされている喜びの笑顔で、祈りつつ薬局の営業をされております。
 一般音楽チャートで初めて、インストルメンタル曲が一位になったと、最近話題になりましたが、このことからも、今の時代にこころのいやしを求める人がいかに多いかがよくわかります。インストルメンタル曲を聴き、こころがすべていやされたかのように錯覚して、現実の生活に戻ったとき、また同じように不安に満ちて、疲れ切った生活を送る現代人がそこにいるのです。
 ある本には一年分、あるいはそれ以上の伝道メッセージが込められているのではないでしょうか。講演会講師の本の出張販売のときなど、限られた講演時間では、著者はその著作の半分も語ることができません。
 私たちには多くの時間を個々の人たちに費やす時間は、ほとんど与えられていないのが現実です。そんなとき、本は都合のつく時間、ゆとりを持った時間を選び、読むことができます。その後、読まれた人へ感想を求めたときに、生き生きとした会話の中から、イエス・キリストを語るチャンスがきっと生まれてくるはずです。
 本はゆったりと、読む人の状況に応じて、そのメッセージを繰り返し語っていきます。そして、その内容は一、二時間で語り尽くせないほど豊かで、読者のこころを深いところでとらえていきます。これからも多くのフォレストブックスが誕生し、疲れ切ったこころ、傷ついた人たちの救いのために用いられることを願っております。
(このページは月刊『いのちのことば』1999年11月号の特集記事[フォレストブックスに見るこれからの文書伝道]から転載いたしました。)



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